夢未来
「最近僕思うんだけどね!」
グッと拳を握って牛尾が突然、宣言した。剣幕に驚いて、喉を鳴らしながら寝ていた猫が駆けて行く。また来ッいよーとのんびり声をかけて、獅子川は牛尾に向き直った。
「で、なッにを?」
「僕、獅子川くんがいれば何でも出来る気がするんだ!」
あーそうかい、とおざなりに返事をしながら猫の餌の器を片付ける。この公園に住み着いているらしい、茶トラの野良に通りがかるたびに餌をやるのはいつしか獅子川の習慣となっていた。
「真面目に聞いてないね?!」
「聞いてるッつの」
「……ホント?」
「マッジで」
そうかあと言って、うんうん一人頷く牛尾は、酷く単純で可愛らしいと思う。170ある男に可愛いもクソもないかもしれないが、こういうのは内面ではないだろうか。
「でッ、オッレがいれば何が出来るッて?」
「何でも!」
なら飛べるのかと尋ねれば、屋上からでも飛び降りそうなので言わないうちに、飲み込んでしまう。
「なッんでいきなりそういうこッとになッたんだ?」
「なんでって?」
「いや……なんでって……おッ前……」
獅子川は、時々牛尾は宇宙人なのではないかと思う。いや冗談ではなく。思考回路が、明らかに一般的でないのだ。宇宙人でないならせめて外国人だ。日本語が通じないに違いない。
「あーッとだなあ……」
しかし、なんだかんだ言って獅子川も言葉で説明することが得意ではない。頭を掻きつつ、言葉に詰まった。
「それでね、それでね、獅子川くん!」
そんな獅子川の苦悩を気にせず、牛尾は無邪気に続ける。
「僕らの子供って可愛いと思わない?!」
「――……」
今度こそ完全に(獅子川の周りだけ)時が止まる。
「髪の色はね、獅子川くんと一緒で綺麗な赤がいいと思うんだ! 瞳の色も獅子川くんと一緒でね、性格もどっちかっていうと獅子川くんの方に――」
それは合作というよりは、獅子川のミニマムではないだろうか、と突っ込めるものは誰も居ない。唯一可能性のある獅子川は、というと、(本人にとっては)もっと大きな問題に頭を悩ませていた。
(だッれが生むんだそッれ。おッ前か?『何でも出来る』ッつッたからにはおッ前か? しッかし孕ませるッつー意味だッたらオッレはどうすりゃ……)
「ねえ、獅子川くん聞いてる?」
「きッ聞ッいてる! 聞いてッるぜ!」
突然顔を覗き込まれて、焦りながら答える。
「学校はね、私立よりも断然公立! 僕、小学校は私立だったけど面白くなかったよ。公立の中学校は面白かった! でも勉強のこととか考えたらやっぱり私立がいいのかなぁ……?」
「さ、さッあな」
「きっと面白い私立も探せばあるよね。うーん……迷うなあ……」
頼むから真剣に考え込まないでくれ。獅子川の願いが通じたのか、パッと牛尾が顔を上げる。
「やっぱり公立だよね。うん、それがいい!」
結論が出てよかったのか、悪かったのか。本気にしか見えない牛尾に、獅子川は頭を抱える。自分に注意が向いていないとわかったのか、牛尾はそんな獅子川の肩を揺らして、
「早く、コウノトリさんが連れてきてくれるといいね。どうやって呼びに行ったらいいのかな?」
と、にっこり笑った。
オシベとメシベの話から、始めなければならないのかと、獅子川がとうとう地面に突っ伏した。現実逃避である。
濡れた艶のある夜が、空を覆っていた。
コウノトリを呼ぶ方法を、一生懸命模索する牛尾をどうにかこうにか宥めたりすかしたりしてかわし、疲れきった獅子川は寝ている。
対して、一緒にコウノトリを呼ぶ方法を考えなければいけないから今日は泊まりにくるか、行くかしたいと提案した牛尾は、獅子川邸の獅子川の隣の布団でパチリ、と目を開けた。
なんだか目が冴えてしまった。目を擦りつつ、上体を起こし、隣の獅子川を眺める。健やかな寝息の元に、そっと、手を伸ばした。
「ホントはね、僕だって知ってるんだよ……コウノトリさんなんて居ないことぐらい」
指が獅子川の頬に触れる。起きる気配は、なかった。
「夢ぐらい、見たっていいじゃない」
本当に、何でも出来ると思ったんだよ。
君が居れば。
「どうにかならないのかなあ……」
末恐ろしいことをポツリと呟いて牛尾は獅子川の頬から指を離し、唇に当てる。良い考えは、どうも浮かんで来そうになかった。
「……寝よ」
出来れば、子供の夢が見られればいいと牛尾は獅子川と自分に布団を掛けなおして、瞼を降ろす。
将来、金髪の、旅好きの子供がいるかどうかは、科学の力に任せることにしよう。
夜は、二人を包んでゆっくりと過ぎていった。