絵葉書
「獅子川くん」
一人、彼は階段に座っていた。
中庭へと通じる、ほんの数段の。
すぐ傍に生える楓が彼のために、影を作ってくれている。
何故だか、彼は返事をしてくれなかった。
「獅子川くん」
もう一度呼んで、顔を覗きこむと、獅子川くんが少し、困ったように笑った。その表情はとてもじゃないけど、いつもの彼らしくなくて、驚く。
「どうしたんだい?」
ひらり、と彼は一枚の葉書を僕の前に翳して見せた。それは絵葉書だった。
綺麗な海の写真だ。細かくきらめく波が、青く小さなイルカを抱いてたゆっている。
「むッかし、小さな島に行ったことがあッてな」
さっきの笑いを保ったまま、獅子川くんは言った。
「えッらくそこで世話になッたじい様が居たんだ」
影が少し小さくなる。風が吹いて、楓の枝がずれたのだろう。
「変なじい様でな、よそ者を嫌う村の中でたッた一人、腹減って死にそうなオレを助けてくれた。どうやら、そのじい様が死んだらしい」
一息に、彼は言った。絵葉書に文字はなく、ただローマ字で彼の住所があるだけだ。どんな生活を、彼がその島で送ったのかはわからないけれどきっとこれだけでわかる何かが、そこであったのだろう。
「あッけねえもんだな、って思ってよ」
自分の心に区切りを付けるように、獅子川くんが続けた。悲しんでくれてもいいのに、と思ったけど僕は口に出せない。
「綺麗な海だね」
何も答えずに、獅子川くんが少しだけ俯いた。