モクジ

  窓の中の二人  

 電車に、乗った。
 本当に久しぶりで、多分中学の合宿以来だと思う。
 終電間際で座席はガラガラに空いていたけれど、僕がつり革に掴まったことがないというと獅子川くんが
「じゃあ今日はつり革デーにしてみッか」
 と言ったので、僕らは誰も座っていない座席を前に並んでつり革に掴まっている。

「ねッみーなぁ」
 電車に乗って10分もした頃獅子川くんが目を擦りながら、言った。
 眼球が傷ついてしまうよ、と注意するとこのくらいで傷つくのは、漢じゃねぇと言い返されてしまう。
 そうなんだ。
 僕はもう何十個目にもなる獅子川くんに教えてもらったことを忘れないように、頭の中で復唱する。
「うッしおは平気そーだッな」
「僕は徹夜してないもの」
「あッあそうだッたけか」
 どうやら獅子川くんは、自分が昨日寝ていないことも忘れていたらしい。
 今日提出の宿題が終わらなかったのだと、教えてくれたのはついさっき改札での出来事なのに。
「うーねっみぃ……」
 そのあまりにも眠そうな様子に、僕は慌てる。
「た、立ったまま寝ないでね?」
「んな器ッ用なことできッかよ」
 と、頭にコツンとこぶしを当てられた。
 そこで会話は途切れて、僕の注意は正面の窓へ向く。
 流れる夜景、映る車内僕らの顔。

 何もかもものめずらしくて、いつしか僕は流れる風景に合わせて首を左から右へ動かしていた。
 新発見だ。こうすると流れがゆっくりに見える。
 窓の端までどこかの看板を見送って、また左に視線を戻そうとすると突然頭が重くなった。
 目だけで、重さのもとを見ると獅子川くんの頭だ。
 首をかしげるようにして彼の頭が、僕の頭の上に乗っている。
 頬にかかる、規則正しい呼吸。

 ――寝ている。

「し、獅子川くん?!」
 顔が近い。
 突然のことに顔の体温が上がる。
 窓ももう、見られない。
 きっと窓の中の僕の顔は、獅子川くん頭の下で真っ赤に染まっていることだろう。

 かれのあたまのいろとまじるくらいに。
「……」
 そう思ったら今度はなんだか嬉しくて楽しくて顔が赤くなった。


 窓の中で、真っ赤に溶け合う僕ら。
モクジ