真昼の告白
犬飼くんが寝ている。行儀悪くソファの上で寝ているが、気温が気温だ。昼寝には最適すぎる、この暖かさの中で寝るなと言う方が酷だろう。洗濯物の籠を脇において、つられて私もソファの傍に座り込んだ。
犬飼くんは、起きる気配すらない。
目にかかる前髪が邪魔そうなので手で避けると、さらりと柔らかい感触がする。長い睫、整った鼻筋、薄い唇。この方の親衛隊の女性が「犬飼くんは神の奇跡よ!」と熱を上げるのも仕方ないことなのかもしれない。
ちくり。彼女たちのことを考えると、この世間的でない関係に少しだけ胸が痛むのにも、もう慣れた。
もしもあの時、父に薦められたリトルリーグのグラウンドで。この人の球を受けることがなければ、私はここにいなかっただろうか。
もしも二年前のあの日、あの場に通りがかったのが私でなければ。私があの場にいくことがなければ。
とっくに、この人の中で私は消されていただろうか。
唇を寄せると、かすかに動いた睫は、それでも開かれない。もしも。
「……」
馬鹿のようだ。ただの偶然の積み重ねでここに居るならば、さっさと誰かに譲ればいい。所詮私は男であり、線の細い、とびぬけて優秀でもないキャッチャーに過ぎないのだから。彼の好みにあいそうな女性や、彼の投球にあった優秀なキャッチャーをさっさと連れてくればいいのだ。
また、胸が、痛んだ。
自分が想像した勝手な仮定ですら見逃せないほどに、私はこの人に依存している。皆がこの人が私に依存するというが、それはきっと、間違いだ。日常を超越した人に、所詮日常の塊は必要ない。この人に依存しているのは私で、この人に表面上すらも必要とされなくなったら私はきっと、私という形すら保てなくなるのだろう。
だから、きっとこれは生存本能。
こうやって、頼まれもしない彼の身の回りの世話を焼くのは。
それでも、どうしようもない焦燥感に囚われる。いつか私ではない誰かを、必要とする犬飼くんを思う度に。いっそ終らせてしまいたいと、こう思う私もまた生存本能の一環なのだろう。今、この人を終らせれば、この人が私以外の誰かを必要とする日は永遠にこない。
そうすれば、その変わらない事実が生きる源になる。
(……この人の生首は、さぞ見栄えがするだろう)
頬に、首に触れて思う。長い睫、整った鼻筋、薄い唇。
高価な銀の盆に盛られた、愛しい首。
「……た、つ……?」
うっすら、犬飼くんが目を開けた。首にかけた手に、ほんの少し力が篭る。
「ど、した……?」
犬飼くんが私の頬に手を伸ばした。軽く、触れられる。
「誰が、泣かした……? 俺が、代わり、に、」
ぽたり、と犬飼くんの額を何かが濡らした。私の涙だ。涙腺から分泌される体液。
「いいえ、何でもありませんよ、犬飼くん」
私は精一杯笑った。細めた目から、また涙が頬を伝った。頬を撫でていた犬飼くんの手が、そのまま私の首へ回った。
「少し、幸せすぎたので」
塩辛いキスをして、私はそう白状した。