誰がための歌
「司馬クン歌って?」
ぼくは暇さえあれば、そう頼む。
その度に司馬クンは少し困ったように微笑む。事実、困ってるんだろうと思う。でも仕方ない。ぼくは司馬クンの歌が聞きたい。
「歌って?」
司馬クンが歌うことは少ない。けれど、たまに、本当に極稀に歌うとき。その声は本当に綺麗だ。透明感があって壊れそうで、どこかしなやか。僕は一度聞いてから、いつもその声を聞いて居たくて仕方ない。
「ねえ、歌ってよ」
夢のような夏を三回乗り越えて、僕らは最上級生になった。部活も引退して進路も決まってただ時がすぎるのを待つだけ。それが。
「歌って、よ」
――少し、少しだけそれが寂しい。
悲しい。あの暑さのあとにこのぬるま湯のようなときは、ひどく耐え難い。
喪失感に耐え切れず、服の裾をつかんで俯くと、司馬クンが頭を撫でてくれた。微笑む顔に歌ってくれるの?と尋ねると少しだけ司馬クンは頷いた。
「……」
紡がれるのは異国の言葉。あんまり英語が得意じゃない僕には、気合を入れて聞かなくちゃ端々の単語を聞き取るのがやっとだ。
それでもぼくは目を瞑って、より深く、司馬クンに寄りかかった。
「ありがとう、司馬クン」
何もないときが、悲しい。いつか白球が消えた空に、歌声が流れる。
「ずっと、このままで居たいよ」
僕の声は司馬クンの歌声をやかましく遮って、あの時よりも薄くて、高い空に、
溶けてなくなってしまった。