もしも、と唱える声は、ひどく味気ない。
「おかしなことを言うんだね?」
ピアノから指を離して、牛尾さんが首を傾げた。炎みたいな旋律の残り火がまだ部屋の空気に燃えている。あんな激しい音のなかにも僕の声は聞こえてしまったみたいだった。
聞かせるつもりなんてなかったのに、なんてみっともないんだろう。
「な……なんでもないっす。すみません、忘れてください。どうぞ、続けてくださいっす」
駄目だ、こんな言葉じゃ優しいこの人は。
思ったとおり、いつまで経っても演奏は再開されない。素晴らしい時間だったのに、なんだってこんなつまらないことで途切れさせてしまったんだ。
もっと上手い嘘をつかなくちゃ、あの時間は戻ってこない。
「いま、なんて言ったの? もう一度言って?」
「何にも! 何にも言ってないっす! つまんないことで、ぜんぜん気にするようなことじゃ……だから……」
牛尾さんが怒ったように僕を見ているのがわかる。僕だって、牛尾さんが彼自身を蔑ろにするようにこんな風に言ったら、良い気持ちはしないだろう。
それにしたって、聞こえていただろうにもう一度言わせようとするのは意地が悪い。僕の発言を待って、ひたすら沈黙が重苦しく幅を取っている。
「なんでも……」
俯いたまま、僕はそう繰返す。無茶だとどこかではわかっていたけど、信じたくなかった。このまま誤魔化してしまいたかった。
「ねえ、僕は、君が死んだら、悲しいよ。とても悲しい」
涙が溢れるかと思った。
「どうして……僕が悲しまないだなんて、そんな風に思うの……訊くの。僕はとても君が好きだよ。死んでしまったら、悲しいじゃすまないかもしれない」
知っていました、知っていました。あなたがそう言ってくれることぐらい。
「……はいっす」
安心して、牛尾さんが微笑む。
「わかってくれた?」
「ちゃんとわかったっす。ごめんなさい、変なこと言って」
「そう、なら良かった。じゃあ、続きといこうか。ああ、何かリクエストはあるかい?」
陽気を装って、ねだる。
「さっきの続きがいいっす。出来るなら、もう一度、初めから」
お任せあれ、と謳うように僕へウィンクしてみせて、再び牛尾さんの手が鍵盤を流れ始めた。
知っていたから、言いたくなかったんです。
あなたが言うよりもっと悲しんでくれなくちゃ耐えられない、なんて、いえなかった。