適切に慎重に選ばれた言葉

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 なんだか元気がねえなあ、と一人ごちる。 心の中だけなので、隣でうかない顔をしている子津には聞こえないはずだ(サトリだったらどうしよう)。
 凹んでるみてえだ。部活でなんかあったかな。概ねいつも通りのような気がする。もしかして、オレには些細でもこいつには芯から落ち込むような、辛いことがあったのかもしれない。
 こんなに疲れてんのにツッコますのも気が引けて、かといってボケずに進められる話題が見つからず、帰り道は静かになった。
 気の早い蝉の鳴く声が、あちらこちらから湧いている。
「蝉恋唄って言うそうっすよ」
 蝉の姿は見えない青空を仰いで、ぽつりと子津が呟いた。家が呉服屋だからか、こいつは変なことばっかり知っている。
「ふうん」
「そのまんまっすけど、なんか綺麗っすよね」
 眩しげに細められる目は、切なさも滲ませている。もしかして、そういうこと?
「ひと夏だけ、恋のために鳴いて鳴いて鳴いて。密度の濃い生き様だと思わないっすか? 羨ましいっす」
「何、恋したいわけ?」
 つうかしちゃってんの?
 こいつに彼女できたらつまんねんだろな。一緒に帰れたりしねえだろうし、休みの日とかダメだろうし、帰り一緒じゃねえんなら買い食いとかできねえし、エロ本買うの付き合ったりしねえだろうし、うわ、つまんなそう。マジ凹む。なんだそりゃ。
「そうじゃないっすよ。そのぐらい、野球に一生懸命になれたら、きっと上手になるんだろうなあって思ったんす」
 猿野くん、そんなことばっかり。非難じみた指摘に、思わず目を逸らす。だってそう思ったんだから、仕方ねえじゃん。
 じゃあこいつ、好きな人とかいねえのかな。ちょっとだけ目線の低い横顔を眺める。そばかすが浮いたりなんだりしてっけど、決してひでえわけじゃないから、きっとこいつを気になる女の子とかもいるんだと思う。誠実そうだし、優良物件じゃんか(なんて羨ましい響き!)。オレとは偉い違いだ。あ、なんかまた凹んできた。こいつに彼女なんかできんのすぐじゃねえの。
 子津は黙っている。手をあてられている顎はなんか考え込んでいるようで、恋する男の表情にも見える。このノリで恋愛相談とかされたらオレどうすりゃいいんだよ。
 しんとした時間が、長い。
「……さ、猿野くんと一緒にいるのが大変すぎて、恋どころの話じゃないっすよ」
 自分の顔が、笑うのがわかった。
「じゃあいつまでも、オレと遊んでりゃいいだろ!」


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