上澄みは当然澄んでいる

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「猿野くん、消毒しないとダメっすよ」
 冷たい脱脂綿を頬に当てると、ぐ、と小さくうめき声が上がった。構わずに右上、右下左上……と、飾りのように撒き散らされた擦り傷に消毒薬をしみこませる。一度か二度自分で擦っていたのか、猿野くんは苦悶の表情を浮かべて、手足を強張らせた。
 「すぐに洗わなくちゃダメなんすよ」駄目押しに、強く押し付けて、ゴミ入れのビニール袋に綿を投げ捨てる。「子津くんお母さんみたーい」と、兎丸くんが笑った。
「お母さんって……」
「たしかに、子津くんには甲斐甲斐しいところがあるように思えますね」
「辰羅川くんには言われたくないと思うよ」
 そうですかねえ、と辰羅川くんが本気で首を傾げている。
 確かに、辰羅川くんには言われたくない、と僕も内心苦笑した。
 お母さん、という言葉には、否応なく「無償の愛」のイメージが入っているように思われる。何も求めず、欲さず、全て許容し、包み込む愛。与えるだけに、耐えうるそれ。羊水に似た、あたたかくやわらかく幸せな。
 中学時代から、ずっと犬飼くんのサポートをしてきたという辰羅川くんに、その言葉はよく似合うと思う。口下手で、感情が上手く出せない彼を、諭し悟り長く支え続けてきた感情。それはきっと、母の愛と並び称されても劣らない。けれど、僕のそれは。
「たーしかに、ネズッチューそういうところあるよな。面倒見いいっつうか」
「そんなことないっすよ」
 彼の役に立ちたい。彼をひどい目に合わせたくない。彼に笑っていてほしい。彼に幸せでいてほしい。彼に好きになってほしい。彼に僕以外を見て欲しくない。
「そんなこと、ないっす」
 そんな上澄みを、母とはいえない。彼が遠まわしに僕を褒める言葉を、心地よく耳にとどめながら、さらなるそれを求めて否定を重ねた。


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