生温い風を振り切って翔べ

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 五時ごろから降ったひどい夕立は、道路を水に漬けた挙句、七時ごろようやく止んだ。筋トレと称して、だらだらとおしゃべりに興じていた部員たちが、一人二人と帰路につく。猿野くんがまたふざけてくれたおかげで、後片付けの遅れた僕らが下駄箱についたのは最後で、二つ残して消えてしまった外履きたちにため息がせり上がる。
「ごっめーん☆」
 と、三つ編みのおかまが可愛い子ぶる。
「いいっすけど……また降ってこないといいっすねえ」
 夕立が上がったばかりだというのに、空には不穏な黒くもが渦巻き、空気が台風の前のように生ぬるい。
「そりゃ困るわ」
 あっさり言った猿野くんが、さっさと靴を履き替えに、B組の下駄箱へ向かった。僕もE組の下駄箱で足を止め、スニーカーに履き替える。道の大半がコンクリートでよかったと思うのはこんなときだ。夜の走り込みはこのスニーカーがちょっとばかり重くなるぐらいで、大した支障はないだろう。
 とんとんと、爪先を地面で叩きながら、昇降口を抜ける。夜の雲は暗く陰影がついていて、見上げるだけでも憂鬱をうつされそうだ。
 ごろごろと、遠くで雷が鳴る。
「うわ、これ、マジやばそう。近道しようぜ」
 スキップを踏むように、猿野くんが大またに足を出した。たぶん、靴に泥がつくのを最小限にとどめようとしたんだろうけど、泥水が盛大に飛び散ってそれは失敗している。僕の学生服の裾にも、いくつも茶色の水玉が飛んだ。
 近道というのは、学校の脇から駅に向かって長々とゆるく続く坂を、一思いに飛び越えてしまおうということだ。道を突っ切って斜めに進むから、5分かそこらは短縮できる。遅刻しそうな生徒が、根性で朝からロッククライミングをやらかす、十二支名物とも言える段差だった。
 猿野くんは、その段差を飛び越える感覚が気に入りらしく、何かと言えばそこから帰りたがる。下は普通にコンクリートで、足を痛めたらどうするのだといつも止めるのだけど、聞く耳を持たれたことはなかった。まあ、確かに、あそこで怪我をしたという話はめったに聞かない。
 水溜りを避けたりなんだりを気にしているうちに、あっという間に段差についた。高い。何メートルあるのか、考えたくもない。きっと大人になれば、ここから日常的に飛び降りる集団を、信じられない目で見つめることになるのだろう。
「うっとうしい空気」
 何度目か、猿野くんが湿度の高い、生暖かい空気を非難した。シャツの襟を引っ張ったまま、大した気構えもなしに飛び降りる。
 僕はといえば、ぐずぐず覚悟を決めかねていた。鞄を背に回した猿野くんが、こちらを見上げている。
「なんかさ、」
 笑われるか、馬鹿にされるか。そちらの覚悟は簡単に決めた僕に、言葉が続く。
「翔べるみたいな、気ぃしねえ? ここから跳ぶと」
 にかりと、笑った顔を追い風に、僕は宙に飛び出した。


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