ル・

 辰羅川くんが泣いている。
 頭が良いようで、実は馬鹿なんだね、辰羅川くんて。
 今も一人で、自分じゃない人のために泣いている。冷たい壁に寄りかかって、眼鏡を汚い床に投げ捨てて、しいん、と続く廊下で泣いている。
 そのちょっと先の窓、あれを越えさえすれば外はとっても良いお天気で、人だってたくさんいるのに、こんなに冷たくてさみしいところで泣いている。あんなに窓から光は差し込んでいて、声も聞こえて、それがわからない筈はないのに。
 誰もいないとわかっているはずなのに、声も出さずに泣いている。
 犬飼くんの球を受け止められているなんて信じられないほど、細い(ひ弱ともいえる)腕で顔を覆って。僕らはまだ子供で、強くなんかないのに。誰かを支えきれるはずなんてないのに。
 僕は、辰羅川くんが嫌いだ。
 その身を投げ出して、誰かを救おうとする姿勢は美しいけれど、頭が悪いから。そんなことしたって、誰も幸せになれないってわかってないから。
 自分を大事にしない辰羅川くんを好きになっても、僕が悲しくなるだけだ。
 そんな馬鹿なことってない。そんな、馬鹿げた僕なんていない。
 辰羅川くんは泣いている。まさか僕がいるとも知らないで。学ランから出た手首を、つう、と涙が伝っている。それは肘にたどり着いて、黒に飲み込まれて。
 馬鹿な馬鹿な辰羅川くん。
 冷たい廊下が続いてる。涙は床へ落ちもしない。床には、冷たいレンズが二枚枠に捕まって、落ちている。
 どうして黙ってるの、誰もいないんだもの、声ぐらい出したっていいじゃない。どうしてそんなに、まるで空気に泣く先から声を飲み込まれてしまったみたいに。
 馬鹿な馬鹿な辰羅川くん。僕は、馬鹿なんて嫌いだ。
 だけど、だけど。
 助けてあげたいよ――だって、仲間じゃない。

 ねえ、お願い。誰かの名前を呼んでみて、僕の名前じゃなくていいの。犬飼くんでも兄ちゃんでも、あの華武の怖い人でもいいの。僕の知らない人でもいい。誰でも良いから、助けて、って呼んでみて。
 そしたら助けてあげるから。
 まるで辰羅川くんが犬飼くんにするそれみたいに、優しい言葉をいっぱいあげる。君は悪くないよって、たくさん言ってあげる。だから、名前を呼んでみて。
 


 名前を、呼んで。