| 有名私立校のズボンが颯爽と歩いていくのに、廊下を歩く女子たちが色めき立っている。その騒がしさにかすかに顔を赤くして、なんでこんなことを、ともう両手にも余るほど毒づいた言葉を、鴨神は心中またも繰返さずにはいられなかった。 目指しているのは屋上だ。目に付いた階段を逃げるように登る。すれ違う中でも、やはり視線は集まっていた。界隈に知られた制服でなくとも、他校が校内を堂々と歩いていれば目立った。しかも、学ランの中のチェック柄だ。これが注目を集めないはずもない。 最後には駆け上がるように足を速め、屋上のドアに行き着いたときには軽く息が上がっていた。 半ば八つ当たりに音を立てて扉を開ける。 広いそこを見回すと、あろうことかフェンスの上に人影があった。 「――鷹羽さん!」 逆光の中、頭のシルエットが動く。 「か、鴨神……?」 答える声は間が抜けている。人の緊張も知らずのんびり過ごしていたらしい様子に憤慨し、見上げながら鴨神は怒鳴る。 「なんだってまだこんなところにいるんですか?!」 影絵が、首を傾げた。 「お前こそ、なんでおんのや?」 なんでもなにも。 「……今日は午後の授業免除で選抜練習だというのに、蓮角さんは来てるにも関わらずあなたがいらっしゃらないので、私が迎えに駆り出されたんです」 頭痛がするかと思った。眉間に皺が寄る。せきたてるために、踵を返した。 「ほら急いでください、ここからは私のタイムスケジュールにのっとって動いて頂きます」 「やかましいやっちゃな」 答える声に、焦りが感じられない。 「ただでさえ遅刻してるってわかってるんですか、あなたは?! ああ、こうしている間にも、私のスケジュールがどんどん崩れて……早くしてください!」 振り返って怒鳴る。 とん、と、目の前30cmも離れていないところへ鷹羽が飛び降りた。 背にされていた太陽は、高く上がり逆光が解ける。黒よりも茶の強い癖のある髪も、吊りあがった目も、そこらで存在を主張する筋肉もつぶさにわかるようになる。思わず視線を落とすと、伸びすぎた身長にズボンの裾が寸足らずになって、素足がはみ出していた。スニーカーからは青い縁取りのされた白のくるぶしソックスが見え隠れしていている。 鞄から靴にいたるまで、指定されている鴨神の学校では見るはずもない格好だ。 (なにか……新鮮な気がいたしますね……。いえ、こんな脳筋はどうでもいいのですが、それにしてもこんな人でも見慣れないと野蛮さが少なく見えるというか……かわい) 思わず自分の浮かべた単語に、思考が止まった。 「なんや?」 地面を足元にやったまま黙りこくった鴨神を、いぶかしんで鷹羽が顔を覗く。その近さに今度こそ驚いて、眼鏡の下の口がぱくぱくと、金魚のように空動きする。 鷹羽の目が、つまらなさそうにすがめられた。 「なしてまだなんもしとらんのに、もうアホ面しとんねん」 『まだ』の意味を、鴨神が噛み締めるよりも早く、毛先揃ったその前髪をなで上げて 「……っ」 ちゅうと、額に唇をつけて、吸った。 三秒も経ったかと思われた頃に鷹羽はやっと顔を離して、にやにやと笑う。 「お、今度は赤うなったわ」 かあいいとこあんねんなお前も、と楽しげに幾度か鴨神の頭を撫でてそのセットを崩し、脇をすり抜け扉に向かった。 耳まで真っ赤に染めたまま固まった鴨神は、ぼさぼさにされた髪を撫で付けることも忘れて必死にタイムスケジュールを建て直している。 (今から一秒後振り返り、二秒であの人を捕まえて五秒でどういう意味か訊いて……!) その間にも鷹羽は鼻歌交じりに扉に手をかけ階段を降りていき、距離はどんどん広がっていく。 (ええと、やはり一秒で振り返り、捕まえるには五秒必要ですね、その10秒後にはどういう意味か……) タイムスケジュール打ち壊してはまた立てて、動ける見通しもないまま、『訊い』た先の予測をつけられず、いつまでもいつまでも、鴨神は立ち尽くしていた。 |
このお話はロマンチさんのトップ絵を元に書かせていただきました。感謝!