| 「あなたは……でしょうね」 ストローを摘んだまま、伏し目がちに呟かれた言葉に「何やて?」と、鷹羽は聞き返した。喫茶店の高い椅子の下で足をぶらつかせながら 「別に」 と、鴨神が見え見えの嘘をつく。 「言いたいことがあんなら、言えや。女の腐ったんみたいにぐずぐず言うな」 「女性蔑視発言ですよ、それは」 「やかまし」 とっくに跳ね除けたストローを横目に、コップから直接緑茶を飲み干し、鷹羽は口だけはたつ強情な物言いに眉間へ皺を寄せた。 こう言い張っては、もうおそらく言うまい。意地だけは一人前や、とこれ以上機嫌を悪くされても面白くないので、声に出さずに毒づいた。 鴨神は鷹羽の予想を外し、小さく、言い直した。 「あなたに、心情の機微を要する相談をしても、無駄でしょうねと言ったんですよ」 ほんの少しだけ、鴨神の言葉は前より助詞が違えられていた。鷹羽はそれに気付かず 「何や、喧嘩売っとんなら買うたるぞ」 わざわざ嫌味を聞き返していたらしい自分の失態にうんざりしながら、そう応酬した。そしてふと気付く。 「その相談ちゅうんは」 にやりと、したり顔。 「恋愛相談っちゅうやつか? 鴨神」 「なっ」 「なーんや! ええ、ええ、そんな照れんでも。ほな、先輩が相談に乗ったるさかい、言うてみ。遠慮すんなや」 「か、勝手なこと言わないでください。なんであんたみたいな脳みそ筋肉にそんなこと相談しますか」 「ほー。オレに言えんゆうだけで、恋の悩みあるんは、図星か」 鴨神は言葉に詰まり、結局負けを認めた。 「……なんであんたは、こんなことばっか聡いんでしょうね」 「ばっかりてな、なんや」 「その聡い胸に聞いてみたらどうですか?」 「可愛いないなあ。お前がキャワユ〜イ恋してるて、蓮角あたりにばらされたいんか」 「性格の悪い……」 鴨神が唇を尖らせた。 「なら、黙っといたるから、相談してみい」 好奇心丸出しの顔でそう続ける鷹羽に鴨神は大きく息をつく。 「絶対、誰にも内緒ですよ」 「おお、おお」 安請け合いし、鷹羽が身を乗り出す。 「片思いなんです。絶対振り向いてもらえない恋なんです」 「なんや、眼中にもないんか?」 「たぶん」 「甲斐性ないのう、男ならどーんと言ったらんかい、どーんと」 「可能性が一分もないのに、言えるわけないでしょう」 「一分も?」 「一分も」 考え込むように宙を見上げた鷹羽が、片腕を背もたれにかける。 「えらい難儀やな。どんな女に惚れてんねんお前。今流行りの不倫か?」 「違いますよ。そして流行とかそういう問題ですか」 「じゃ、なんや。行きずりの恋か? 電車の中のマドンナにでも一目ぼれしたんか?」 「それも違います」 「そろそろ言えや。どんな女や?」 また、鴨神は大きいため息をついた。聞くこちらの胃まで重くなりそうだ。 「向こうは、僕のことを友達としか思ってないんですよ」 「阿呆! なら脈あるやんけ!」 ばんっ、と鷹羽は立ち上がり、目の前の自分に比べれば薄い背を叩く。痛みに顔を顰めながら、鴨神が咳き込む。 「あんなあ、友達言うことは、嫌いやない言うことやろ。そんなんがーっ押してばーっ口説けば落ちるわ! 間違いない!」 「なんっ……であんたはそんな短絡思考なんですか!」 「何が短絡や! お前のがよっぽどやっちゅうねん、友達づきあいまでしといて一分も可能性がないなんてありえるかい!」 「そんなの……わかるもんですか」 ほんのすこし、鴨神の語気が弱まった。 「わかるわ! 保障したる!」 「あんたに保障されても」 「あー! ムカつくやっちゃなあ! 言え! どこの姐さんや、わいが話つけたる!」 「は、はぁっ? ていうか、姐さんて……」 「おまん、年上好みやろ、こりゃ大阪選抜の中で一致しとんねん。白状せい!」 むう、と鴨神が押し黙る。こうなれば根競べだ。「姉ちゃん、おかわり持ってきてんか」と、追加注文を頼み、喫茶店の白い丸テーブルに腕を載せて鴨神を見つめる。机の縁を見つめて、鴨神は黙ったままだ。 店員がミニスカートをひらめかせて持ってきた追加をやっぱりストローを使わずにずずずと鷹羽が啜るころ、ようやく、鴨神が口を開いた。 「ひめ」 「ひめ?」 「ひめさん、て、呼んでるんです。心の中で」 途端に、鷹羽は苦いものを噛み潰したような顔をした。 「嫌味か? そないなおもろないこと言うほど聞かれたないんか」 「違いますよ」 かしゅかしゅと、もう氷しか残っていないカップの中を、鴨神がかき回す。 「からかってなんて、ないです」 神妙に、俯いたまま。 コンプレックスを突付かれて、思わず返した言葉は大人げなかったかと、その様に虚を囚われ鷹羽も黙った。 「あー……あだ名なん? 本名知らんねんか?」 「……」 振り出しに戻る。また貝のように黙られてしまった。 俯いていた双眸が不意に鷹羽を見据えた。瞬く茶。 「ともだちなら、脈、あるんですよね」 何度も、ゆっくり、涙をこらえるみたいに。 「答えてください……一姫さん」 |