打ち上げが長引いた暑い夜だ。大騒ぎしていた部員たちは一人二人と駅に降りていく。車両には寝ぼけ眼の猿野くんと僕だけが残された。特別急行との待ち合わせに停車したホームすら、人気なく暗く沈んでいる。
 夜闇に電灯が、丸く光っていた。僕の肩に頭を預けていた猿野くんから安らかな鼾が零れだす。浮かぶ微笑を堪えず、僕は周りを見回した。同じ車両には、逆端に酔っ払った人がのびやかにいびきを掻いているだけだ。こっそり重ねた手が自分のしたことなのに恥ずかしくて、また窓の向こうにホームを見上げる。

 さっきまで動きがなかった向かいのホームに、ちょんちょんと跳ねる雀が舞い降りていた。
 夜だからだろうか、あちらこちらへ、紐に吊るされた人形のような不自然な動きをしている。ただでさえ、黄色い線より線路側にいるものだから、なんだか危なかしくて、見ていられなかった。隣ではむにゃ、とまた寝言。危なかしさは、君に負けるっすね。笑いながら、握った手にゆるく力を込めた。雀はまだ、何を探しているのかホームを飛び跳ねている。よろよろと、重力にもてあそばれ、嬲られるように。
 そして、落ちた。
 降りたのではなかった。見計らったようにプアアアンッと酷い音がした。避けたり、飛び上がったり、そんな暇もなかった。停車のために減速した特急の車輪が一箇所で浮き上がるのがわかった。
 見ていた人は辺りにいない。僕だけが、バカのように目が離せない。血に塗れた車体を想像している。雀は飛び上がらない。
 青い服を着た人たちが、集まって覗いている。
『現在、線路に異物が……』
 遅れてアナウンスが入った。電車が動く。清掃のための道具が、次々に持ち出されてきた。
「着いたのかよ?」
 痛いほど握り締めた手に、目蓋を薄く持ち上げた猿野くんが、駅を見極めようと振り返った。遠いビルのネオンに降りる駅ではないと理解し、前方のホームに駅名の刻まれた看板を探して顔を向ける。その頭を、抱き寄せた。やっぱり、ねぼたけたような、声。手が震えた。今まで寝ていた人の暖かさは心強くて、鼻の奥がつんと痛んだ。
「今……線路事故があって。まだ着かないから、寝ていてくださいっす。心配しないで。おやすみなさい……おやすみなさい……」
 何度も何度も繰り返す。言い聞かせるように。誰に?
 もごともごと呟く口の中から漏れる不満は、やがて寝息に戻る。何も変わらない夜なのに、血に浸かったモップが穏やかなはずの家路を、いとも簡単に裂いた。
 駅員さんの下げるビニール袋が、赤く染まっている。丸いあたま、茶色い羽、細い足、熱さを堪えて瞑った瞼の裏で、楽しげに飛び回る。それはやがて。
 ……どうか、どうか。

「おやすみなさい……」





 眠れよ眠れ 安らかに。