美しい花々へ誘いをかける働き蜂のように、後輩や同輩たちの間を飛び回る兎丸くんは愛らしい。あちらこちらに笑顔を振りまいて、返ってきた微笑を両手に抱えて歩いている。
 ベンチに座ってそれを眺めていた僕は、近づいてくる小柄な影に、微笑まれる前に微笑んだ。
「きゃーっぷてん」
 ころん、と僕によりかかった身体は軽い。
 ねえ、今日はあとどのくらい? と尋ねる仕草はまるで、野球部という家族の末弟のようで僕は甘やかさずにはいられない。
「…そうだね、あと、2つぐらいで終わりかな」
 2つ、というのは練習メニューのことだ。部活の終わる時間などわかりきっているはずのことに、ふうん、と相槌を打って兎丸くんは僕に深くよりかかった。
 茶色く丸い目が、間近で僕を見上げる。
「そういえばね、あのね、兄ちゃんが部活のバット折っちゃったよ。それでねごめんなさい、って。あとでちゃんと謝りにくるって」
 ついでのように、口走られた言葉は本当についでなのかもしれない。けれど猿野くんがそんなに簡単に謝るとは考えがたくて(よくも悪くも往生際の悪い子だから)、もしかしたら今頃バット修復の真っ最中なんじゃないかと思う。
 けれどバットは簡単に直るものではないし、兎丸くんはそれを見越して先に減刑を求めにきたのかもしれなかった。
 接着剤や糊でバットの修復を試みているのだろう猿野くんや、それに呆れながらも心配しているんだろう子津くんや辰羅川くんを想像すると、苦笑してしまう。粗末に扱ったならまだしも、真剣に使って壊してしまったことを怒ったことはなかったと思うのだけれど、どうもこの可愛い後輩たちはその基準がわかっていないのかもしれない。
「練習してて壊してしまったんだよね?」
 嘘をつく動揺の色もなく、兎丸くんが頷く。
「じゃあ仕方ないね。猿野くんに怒らないよ、って言ってくれるかい? それと、今度はちゃんと気をつけてねって」
 ありがとキャプテン! と寄せられた言葉はくすぐったい。
 僕は当然のことをしたまでであって、何もお礼をされるようなことはしていないのだから。
「もうすぐ休憩が終わってしまうよ。そろそろ戻った方がいい」
「あのね、キャプテン」
「ん?」
「僕、キャプテンのこと好きだよ」
「僕も兎丸くんが好きだよ」
 兎丸くんは、口癖のように好きだと言う。
 朝会っては好きだよ、帰り際に好きだよ、こんなたわいもない時間にも。
 それは、とても可愛らしい行為だ。言えない相手への言葉を誤魔化すために、薄めて撒いて回るのはとても微笑ましいことであると思う。
 僕を好きだと言った視線の遠くに、青い頭が揺れている。
 この後、兎丸くんはあっという間に立ち上がって戻っていってしまうんだろう。僕らの初撃を担う、その足で。
 それでも、その一瞬前。
「……うん」
 兎丸くんは、瞬くほど、ほんの少しだけ、綺麗に顔を歪ませた。
 走り去っていく背を見ながら笑みが零れる。

 本当に、僕らの弟は可愛らしい。