嘘、ばかりばかり。

 学校の横、裏門を抜けると住宅街を傍に広がるのは坂の両脇に植えられた桜並木だ。だから卒業式や入学式なんかの出入りは、もっぱら裏門から行われる。
 桜並木を抜けると、小さな私鉄の駅に続く道は銀杏並木になっている。桜の葉の茶色から、黄色に絨毯が変わる景色はいつ見ても不思議で、綺麗で。
 部活が終わって、普段はみんなで帰るのだけれどばらばらになる日もある。
 少しだけ歩くけど、裏門からいける私鉄の方が僕は近くて、そういう日は校庭を横切って錆びて、動くのかどうかいつだって不安になる門をこじ開けることにしている。最近は司馬くんがそっちの方にあるCD屋さんに用があるとかで、一人じゃないことも多かった。
 そして今日も、二人でほとんど裸になりかけた桜を見上げている。
「キレーだね」
 ことさらに、大げさに、声を上げても、司馬くんは頷いてくれる。みんなでいると気恥ずかしくってこんなこといえないけど、二人なら平気だ。誰でもいいんじゃなくて司馬くんがこういう僕を笑ったりしないからなのかもしれないけれど、なんにせよ他の人に試したことがないからわからない。
 落ちていく桜の葉を司馬くんが、小さく、口を開いた。
「ばかりばかり」
「え?」
「ばかり、ばかり、って、言ってる、ような、気が、する」
「桜が?」
「うん」
 ばかりばかりと鳴きながら、僕の脇を桜の葉が地面に舞い降りる。
「ばかり、ばかり」
 歌うように、葉が喋れない代わりに声に出すように、司馬くんが言う。本当に、歌うみたいに。
 司馬くんの喋る調子は、いつだって音楽みたいだ。
「ばかりばかり」
「ばかり、ばかり」
 うまいこと木の葉が風にひっくり返される調子と、ばかり、の調子が合う。ばかりばかりばかり。強くなった夕風に後から後から、こんなに木の上に残っていたのかと驚くぐらい、葉っぱが落ちてくる。ばかりばかりばかりばりばかり。
 ばかり、ばかりと歌いながら桜並木の坂を越えると、そこは金世界だった。
 何日もご飯を食べてなくて朦朧とした泥棒なら、宝物と勘違いして飛び込んでしまうに違いない。銀杏は桜よりも細くて、間隔を統一されて、整然と並んでいた。
 指揮棒みたいに指を振りながら、こんどは僕が口を開く。
「ウソ」
「ウ、ソ?」
「ウソウソって落ちてるよ」
「ウ、ソ、ウソ」
「ウソウソ」
 二文字の短い掛け声に踊りながら、銀杏の葉も落ちてくる。並木道のちょうど真ん中のあたりで、僕らは立ち止まった。
 見上げると、細い道の両脇に植えられた銀杏は空を侵食していて、まるで雪のように何もないところから葉っぱが降ってくるって、間違えて思ってしまいそうだった。
 司馬くんのコートのフードに、銀杏の葉が抱きついた。金色と茶色は前世からの恋人同士みたいにぴったり寄り添って、似合っている。
「ねえね、」
 見上げすぎて、いい加減痛くなってきた首を戻して、司馬くんの袖をひっぱった。
 首を傾げる青い髪にもやっぱり金が混じっていて、可笑しい。
「僕ら、世界に二人きりみたいだね?」
 司馬くんは驚いたみたいだ。でもそれはほんの少しの、それはもう一枚のいちょうが落ちるよりも短い間で、すぐに笑ってくれる。
「そう、だね」
 もっと大きくて綺麗な道がすぐ傍に通っているここは、ただでさえ人通りが少なくて中途半端な時間の今なんか誰もいない。かなりの時間をここで立ち止まっていると思うけど、人っ子ひとり、猫一匹通りがからなかった。
「世界に、ぼくら、二人きりだったらいいのにね、なんにも心配することもないし、僕司馬くんがいるだけで楽しいよ」
 ぼくも、と言って司馬くんがまた首を縦に振った。
 嬉しくなった僕は司馬くんの手をひっぱって、歩き出した。ふわふわと、足元には金色が敷き詰められている。本当に上等の絨毯みたいだ。高いレストランなんかでひいてありそうな。

 僕らは自分じゃまともごはんもつくれなくて、けんかもするけど僕はお母さんとおとうさんが好きで、おにいちゃんもだいっきらいってよく言うけどきっといなかったらさみしくて、クラスのみんなとおしゃべりするのも楽しくて、なによりもやきゅうはふたりじゃできなくて、ぶかつのみんなが大好きで、きっといなくなってしまったら、涙で喉をふさがれて、呼吸もできなくて死んでしまうんだろう。
「ウソウソ」
「ばかりばかり」
 呪文みたいに唱えながら、楽しくて嬉しくて綺麗で笑いながら、手をつないで金の中を歩いていた。