あの日、先に寝てしまったのは僕だった。無機質な家具が並ぶ司馬くんの家の居間で、テレビを見ながらソファでうとうとしてしまった。服も着替えてなかったけど、ずいぶん長く寝てしまっていたんだと思う。
 記憶にあるのは、夕方からやってるアニメだったのに、起きたときに映されていたのはマイナーな深夜の音楽番組みたいだった。
 眠りを気遣ってか電気も消えた部屋で、僕の頭を膝に載せる司馬くんの目に、それが映っていた。色の薄くて綺麗な目に、赤や青のテレビの光が映っていた。
 音楽番組は、流行りのアーティストが出てどうたらということでなく、古い音楽を偉いおじさんが説明しているらしかった。ゆったりとした、また眠くなってしまいそうなテンポをバックに、ベートーベンだとか、モーツァルトだとか、まるで音楽の授業みたいなことをずっと言っている。司馬くんは確かに音楽が好きだけど、ひひょうばんぐみ?みたいのは嫌いだって言ってたのに。
 変なの、とテレビから司馬くんに視線を移した僕は、上げそうになってしまった声を必死に抑えた。

 司馬くんの声を思い出した。いつもの、優しくて幸せになれる声じゃなくて、一番初めにきいたやつ。
 乾燥して、掠れている声。
 あれから何度も司馬くんは喋ってくれたけれど、あんなに一生懸命な声を聞いたのは、あれきりだった。
「昔、おとこのひとと、おんなの人がいてね」
 そんな風に、公園のベンチで缶ジュースを手にしながら、話は切り出された。
「ふたりは、こいびとどうしただったんだ。やがて、子どもが生まれた。でもね、二人は、結婚しちゃいけなかったんだ。どちらが悪いんじゃなくて、そう決まっていたんだよ」
 パパパパ、と誰の声が挟まる隙もないぐらいに、間の詰まった調子。意外な喋り方だなあと僕は変なところで感心していた。
「それだけ」

 その話を、光がちらちらする目を見ながら、僕は思い出した。
 関係ないのかもしれない。司馬くんが泣くようなことを、僕が知らなさすぎて、繋がってしまっただけなのかもしれない。
 アクエリアスのCMで青く染まった顎を、ぽたりと雫が伝っている。