| 久々に動かした首に痛みを感じながら見回した辺りはだいぶ暗くなっていた。 机に視線を戻したところで、より分けていた写真がもう判別できないことに気づく。 西日を避けて閉めていたカーテンを開けると、グラウンドを校舎を挟んでちょうど真後ろに設置された野球部専用グラウンドを、ちらほらと裏門へ抜けていく人影が見えた。 やってしまった。とっくに野球部は終わってしまったらしい。待つつもりが、待たせてしまったようだ。 指先にまで気をいれて扱っていた写真を無造作に封筒に詰めなおし、不恰好に膨らんだ鞄を抱える。使われていない最下段の靴箱に、踵が潰れた上履きを蹴りこんで、出しっぱなしのスニーカーに足を突っ込んだ。 目隠しに敷地の端に植えられた桜の向こうに、紫と赤のグラデーションを帯びた雲が佇んでいるのが飛び出したロータリーから見える。 そこから下へ視線をずらせば、まだ野球部グラウンドには黒ずんだ人影が2,3あった。どれも見慣れたもので、幼馴染とその部活仲間だと判断は易しい。 大小面白いほどに差のあるその中の2つはそれぞれ見目と逆に小さく大きく手を振って、その場を離れていった。取り残された形の1つは、手を振り返しながら留まる。 猿野を待たせているのは遅れたのは時計も見ないほど作業に熱中していた自分の責で、早くあの肩を叩いて詫びを入れなければならないのに。 特筆するまでもない仕草で、振り返り家路へ急ぐ二人の背を、幼馴染がじっと見つめている。その光景から目が離せない。 すべては夜になりきってはいないけれど、殆ど世界へのその影響力を無くした太陽のおかげで、どの像も陰に端々を喰われている。 振り仰ぐ校舎がそうであるのだから、人も例外ではなく、学ランのところどころだけに朱色を残して幼馴染が立っていた。 その目線の先で、兎丸が司馬に跳びつく。ここまで笑い声は響く。 十代後半の男に相応しくない高らかな声は、雲渦巻く夕闇の空に、柔らかに弾んだ。 司馬が、咎めるように、掌を下にして兎丸の頭上に手を掲げる。歩きにくさに咎めたのだろうに、その動きはまるで推奨すらしているようで、大人が子供を甘やかすようだった。 やめてほしい、と喉奥で沢松は叫んだ。 むかし、失った父の手に、兄の優しさに、膝を抱えていた子供がいた。傷などとっくに塞がったとわかっているのに、しがみつくのは愚かだとわかっているのに、思い出した途端失った切なさに耐え切れない自分たちを弱さと責めるならそれでいいから。どうか、思い出させないで。 冬風に葉を奪われた桜並木を避けて、司馬と兎丸が門の向こうへ消えていく。 夜が藤色の残り火に映えて、夢のように美しい絵図だった。 「僕ん家の傍にさ、川があるじゃない。そ、あのおっきいやつ。司馬くん家の傍から流れてるんだっけ? ま、それはいいんだけど。昨日兄ちゃんたちとご飯食べたら、帰ったときすっごい遅い時間だったじゃん、さすがに怒られるかなあと思って、近道通ったんだよね。それが、あの川の傍なんだけど。びっくりしちゃった。昨日満月だったよね。まんまるのお月様が川の上に浮かんでて、その映ったやつがこう、道みたいに、川の上に黄色く真っ直ぐきらきらしててさ。それは、川の流れにそって長く映ってるんだけど、両側の外灯は流れに沿って設置されてるわけだから、月とは縦横逆に映るんだよね。月の金色がまあっすぐ流れる横で、その光に手を伸ばすみたいに、外灯の明かりが横に、何本も何本もやっぱり道みたいになってて。水面ってさ、平面じゃないじゃない。そのでこぼこにまた反射して、きらきらして、すっごい綺麗だったんだ。なんで今までこの道を通らなかったんだろって、悔しくなるぐらい綺麗でさ。今日はもっと近くで見ようと思って、川べりを歩いてきたんだ」 ついたため息は、白く夜闇に消えていく。その膨らみにツリーの綿を思い出しながら、先を促し司馬はうなずいた。明かりなくとも赤く光るマフラーに、兎丸は唇を埋め直す。 「なんで遠回りになるのに、その道を使わないのか思い出したよ。朝日で明るい中その川を見たら、もうすっごい汚くってさ。緑色で、底なんか見えないのは当たり前。ところどころ、泡まで浮いてるし。ゴミなんかもあってさ。今冬だから気が付かなかったけど、夏とか臭いひどいんだよね。暗くて遠いところから見たから、すごく綺麗でいいものに見えてただけ。なんだか、騙された感じ通り越して、悲しくなっちゃったよ」 |