授業をサボタージュして、戻ってきた獅子川くんは何故だか満身創痍だった。
 SHRの中止で早くに部室へ出てきた僕を見て、苦い顔をする。苦い顔をしたいのはこっちだ。僕が数学を受けている間に、何をどうしたら、そうなるんだろう。
 傷は肘に、膝に、頬。とくに膝はズボンも破れているほどで、酷いの一言に尽きる。
 あーあ、と漏らしたきり、二の句も浮かんでこなかった。
 ふん、と、斜め下に視線をやったまま、獅子川くんは居心地悪そうに、手のひらを上着の裾で拭ってみたり、爪先で床を叩いてみたり忙しい。
 それで? と僕は切り出してみた。
「転んだのかな?」
 獅子川くんの顔が赤らむ。
「バッ、ちッげえよ! オレさまが転ぶかッつの!」
「じゃあ、どうしたんだい、これ?」
「あー……すりむいた」
 上目で、考え考え獅子川くんが言う。
「だから、どうして?」
「……かッんばんが喧嘩売ッてきやがッた」
 意味を図りかねて、しばらく探る。それは突拍子もないことなんじゃ。
「まさか、看板を蹴り飛ばしたら跳ね返ってきたのかい?」
 言いながら無茶な、と自分でも思う。けれど獅子川くんはうう、と唸ったきり否定もしてくれなかった。
 とっても悔しそうだ。
 怪我もしているのにこの上嫌なことを思い出させるのはかわいそうで、どうして蹴り飛ばしたんだい、とか、何に当たって跳ね返ったらそこまでになるんだ、とは訊けなかった。
 座っているベンチの脇に、置いておいた救急箱を開ける。消毒液を取り出して、ドアの前に立ったままだった彼を手招いた。
 しぶしぶ、と音に出さんばかりに獅子川くんが隣に腰を降ろす。縦にはいった傷痕に目隠しをするように赤い擦り傷が広がっていた。
「滲みるよ」
 上唇で下唇を隠し、獅子川くんは無言を返した。一々言うなと言いたいところだろうけれど、どうもそのさまは堪えているようにしか見えない。
 そうっとそうっと脱脂綿を当てるけれど、きりきりと食い込むような痛みはとうてい逃がしきれていないらしかった。目の前の、眉間に皺が盛大に寄る。
「痛い?」
 つい、慮って訊いてしまったのだけど
「んなわけねえだろッ」
 と怒鳴り返されて、心の傷口に触れてしまっただろうことを知る。誰かを思いやるというのは、実は難しい。
 なにか、違う話題に切り替えるといいんだろう。会話の糸口を探して、しばし口を噤む。
「でさ、」
 場所を獅子川くんの正面に移し、その膝が目線にくるようにしゃがみこみながら始めた話に、獅子川くんの視線が訝しげに僕を見た。
「勝ったのかい?」
「はッ?」
「だから、喧嘩売られたんだろう? 勝ったのかい」
 はっ、と、イントネーションの変わった笑い声が聞こえた。
「ッたりめえだッつの! オレさまが負けッかよべこべこにしてやッたぜ」
「それはすごいね、どれくらいの大きさの看板だったんだい」
「あー、両手広げたぐれえにはあッたんじゃねえか。なにしろ、邪魔なとこにあッりやがッてよ……」
 獅子川くんが嬉しいらしいことが嬉しくて、顔が笑ってしまうのだけれど、見られてしまったらきっと獅子川くんは怒ってしまうだろう。
 そう思って、必死に下を向きながら、傷口を拭っていた。