知ってしまったのはたぶん私の罪

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 校庭の一角が、柔らかだ。一方はつんと顔を背け、もう一方は目を縦にして怒鳴っているというのに、雰囲気の色は甘い。
 僕らは苦笑交じりにそれを眺めていた。「テメエ、そろそろいい加減にしろ!」「一宮風情が煩いのだ」辛らつな言葉の飛び交う痴話げんかは恋人同士のものであるのには間違いなく、一声飛ぶたびに、飛び交うハートマークはここからでも認識が容易い。
「色即是空」
 蛇神くんが、ため息と共に、呟く。
「二人とも幸せそうなんだから、いいじゃない」
 僕は笑って、幸せそうな二人に見蕩れて手に持ったままだったとんぼを、しまうべく踵を返した。

 体育倉庫まであと10Mと言ったところで、扉の陰から、見知った顔が出てくる。
 獅子川くんだ。
 手を振ったのだけど、どこか俯きがちだった彼には気付いてもらえなかったらしい。人気ない、外れの水のみ場に向けられた足取りは、なんだか人目を忍ぶようで行儀と性格の悪いことだと知りつつも、僕は追う足を止められなかった。
 何かできることがあるだろうかという建前の中、好きな人の、全てが知りたい欲に負けて。
 獅子川くんは僕らがよくやるように、蛇口を上に向けて、力任せに捻った。水しぶきは大きく、秋の空に溶けていく。さらさらと、糸雨のように裂けた水道水が、獅子川くんに降り注いだ。
 顔を洗うか、喉を満たすのだろうかと思ったのだけど、獅子川くんはいつまでたっても動かない。霧雨に濡れていく手を観察するように、じっと掌に視線を注いでいる。背を向けられている僕からでは、どんな気持ちでそんなことをしているのか検討もつかなくて、じれったい。
 もういいのかな。
 人目を避けているように見えたのは、僕の気のせいや思い込みだったのかもしれない。あるいは、彼の秘密を知りたいという気持ちがそう見せたのかも。ああ恥ずかしい!
 自分の勘違いに気付いて赤面した僕は、呼吸を落ちつけて一歩踏み出した。幸いそのまま休憩しようと思って、手にはタオルを握っていたし、口実は十分だった。
「獅子川くん、風邪引いちゃうよ」
 悪戯心に、タオルをその手に渡さず頭にかける。水を飲もうとしたついでに覗き込んだ顔は、狼狽していた。
「おま……ッ、いつから?!」
 なんだかおかしいなって、思う暇もなく、僕は答える。
「いつからって……さっきからだよ」
「さッきッていつだよッ?」
 首を傾げて、「さっきはさっきだよ」と告げる。俯いた獅子川くんは、耳まで真っ赤だ。
「聞いてたのか……よ?」
「なんのこと?」
 不味いことに、中学の友達にも注意された「本当のことを言っているのに、余裕ぶって見え透いた嘘をついているように聞こえる」という僕の語調の欠点を忘れていた。
「どうしたの? 僕で力になれることなら、相談してよ」
「……やッぱ、聞いてたのか」
「だから、なんのこと?」
 蛇口を止めて、僕を見上げた獅子川くんは、水に濡れた顔で泣き出しそうな目をしていた。驚いて、息を飲む。
「なッんでよりによッてお前に……あいつには、黙ッてろよ」
 それがあんまりにも、一生懸命な声だったので、僕は答えられなかった。
「あいつは、鹿目といて、幸せなんだからよ」
 すとん、と、息苦しい闇が周りに落ちてきた気がした。獅子川くんは掌で片目を覆い、水道管を覆うコンクリートを力なく背にして、濡れた地面に座り込む。
 息が出来ない。まさか、そんなこと。うろたえる僕を見もせず、獅子川くんは俯いている。そんな、まさか。
 僕は今にも泣き出してしまいたくて、獅子川くんは辛そうで、二人の苦しみは、僕の愚かな好奇心の罪なのだろう。納得しても、息のできないまま、僕は立ち尽くしていた。


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