白の中に探し続ける
金色の人
ここに至るまでの記憶がぼんやりしている。ぼんやりしたまま、子津は俯いて、豆だらけの自分の無骨な手を見つめた。陽に焼けて黒い手の向こうは真っ白で、自らが立つ床さえもない。
どこまでもどこまでも真っ白な景色に子津は頭を振った。
血が巡る。意識を切り替えるようにあたりを見回せば、一つだけ影があった。
他に寄る辺もなく、子津はそこへ歩みを進めた。近づくにつれ、白の中影の輪郭が明瞭になる。
うずくまっているのは、人影のようだった。微かな嗚咽が胸をついた。白い一連の服にやはり白い、大きな鳥の翼を生やしている。
けれどそれは痛々しく片羽がもぎとられていて滴る血は纏う服を染めて、尚どこまでもどこまでも無い床の下を落ちていった。見えなくなるまで、そしてきっと見えなくなっても。
「誰……?」
顔を上げられて、初めて目を射抜くような金糸の髪に気づく。見上げる淡いグリーンとは対象的なそれは、他の存在を一切排除するかのような光で白い世界をさらに白く染め上げていた。
実際、世界は既に白すぎるほど白く、あまり変わらないのだが、そんな気がした。
「何故、こんなところで泣いてるんすか?」
尋ねた。一瞬の、虚をつかれたかのような顔にこちらが驚く。すぐに顔を伏せられて
「飛べなくなったから」
白の虚空に押し殺した声が四散した。
「どうして、そんなに立派な翼が」
こうまで惨く千切られてしまったのか、とは尋ねられなかった。ただ千切れているだけではなく、微かに残る部分にもずいぶんと傷がある。根元から奪おうとして失敗したのを悔やんだかのように、ところどころ羽が毟られてで素肌が露出していた。対称するもう一方の翼が無傷なだけに、凄惨さは一層増した。
「僕らは……」
再び上げられた顎から涙が滴り落ちる。ちょうど落ちた血と平行に、やはりどこまでもどこまで落ちていった。しかし、血と違って涙はあっという間に見えなくなってしまう。零れる先から白に飲み込まれて。
「ぼくらは一つだったんだ」
目を凝らしても何も見えない、暗闇と変わらない遠くに思いを馳せているようだった。その間にも血と涙は滴り続ける。
「ふたりで一つだったんだ。二人じゃなくちゃ、飛べなかったんだ」
顔を覆った手のひらの隙間を縫うように、涙が白の中へ逃げていく。
「一人じゃ飛べない」
その声音が苦しくて悲しくて、何とかしてあげたかった。慰めてあげたかった。出来ることなら、抱えて、一緒に飛んであげたかった。無くなった翼を忘れさせるぐらいに。
けれど自分にはそんな力がないことを、子津はとうに知っていた。
見なくともわかる。いくら努力しても、いくら願ってもこの背にはまるで生まれたてのモズの子のような小さな頼りない、翼とはとうてい呼べないような突起があるだけなのだ。もしも自分に立派な力があれば、助けてあげることも出来ただろうに。
自分の歯がゆさに子津は俯いた。白と、赤と、透明が踊る下を。
何も出来ない自分を認めて、子津はそっと退く。気づいているのかいないのか、緑の瞳は覆われた手の中から出てくることはない。
あの人の片羽を捜してあげよう。そう思ったが、それはいま何もしてあげられない言い訳だと自分でわかった。