満月の海へ泳ぎだしたピーターパン

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  棺を開けよう  

 牛尾御門は疲れていた。引退したとはいえ、野球部に問題が起きれば力を尽くさないわけには行かない。疲れて疲れて、それが途切れた途端涙が滲んで、ついつい、足は授業の準備のための教室へは向かわず、日当たりのいい図書室に向いた。自分より辛い人間はたくさんいるのに、とか、もう残り少ないのだから、とか。色々と浮かんでは、千切れていく中、ノブを押した。
 想像していた通り、図書室は南に大きく開いた窓から白のリネンを通り抜けて日が射し込み、牛尾の心中と対比するように、健全で明るく、平和だった。
 司書教諭の目を避けたかったのか、それは言い訳で望んでいたはずの日の光から逃れたかったのか。急にうなだれて、本棚の陰、隅に入った。さらに逃れるように目を片手で覆い、本棚に背を預けると足から力が抜けた。ずるずると座り込む。一年中日の当たらない床はじめじめとしていて、冷たかった。
 ぱらり、と。
 静かな音がした。
「……え?」
 遮断していた手をのけて、初めてその傍の暗がりに自分以外の誰かがいることに気づいた。
 小さな身体だ。子供のように座り、床に広げられた大きな本をめくっている。
「と……まる、くん?」
 前髪に手がかかって、大きな茶色い目が、牛尾を見上げた。表情のない目が瞬く。
 飲み込んだ唾が、喉に痛い。
「何を、しているの?」
 大きな目はまた瞬いた。
 けれどそれはすぐ本へ戻されて
「さがしてるの」
「……何を?」
「しばくん」
 意識がこちらへ向いているのか確かめるように、牛尾の手が兎丸の見ている本のページを抑えた。そこで初めて、それはずいぶん気持ち悪い絵――たとえば烏の死体や、何かの脚それに人の死体に似ているもの――などが描かれていることに気づく。牛尾は、絞るように、優しい声をつむぎながら
「もう、司馬くんは、いないんだよ」
「さがしてるの」
「兎丸くん、もう、司馬くんは、」
 兎丸が顔をあげた。
 大きな目には涙の膜がかろうじての表面張力で保たれており、まるで声を許されない苦行を受けているかのように、強く下唇が噛まれている。水分によって、日の光を微妙な色彩で捉え続ける目に耐え切れず、牛尾は顔を逸らした。
「さがして、るの」
 訴える声は震えている。
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