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ある町の大きな商家に、男の子がいました。とても兄弟が多く、お母さんは弟たちにつききりなので、一人で遊ぶことがとても多い子でした。
1人お手玉で遊ぶ姿がかわいそうで、お母さんはお父さんに頼んで、その子にお土産を買ってきてもらいました。
それは、小さな小鳥でした。
掌で遊ぶ、人見知りのしない可愛い鳥です。大きな目をきょろきょろして、好奇心いっぱいに首を傾げる様は愛らしく、男の子は夢中になりました。餌のきゅうりも慣れない包丁を使って切りますし、お気に入りの本を読むのも一緒です。
大事にしてくれるのがわかるのか、小鳥も籠の外にいるときは、いつもその肩に乗っていました。
ただ、小鳥をお家のお外に出すことだけは、男の子には出来ませんでした。いつだって黒い宝石のような目を瞬かせている小鳥は、お外に出たとたん知らないことを探して飛び出してしまうような気がしたからです。
だから、男の子がお出かけするときは、いつも小鳥はお留守番でした。
それが小鳥には不満で仕方がありません。お留守番は鳥小屋の中なので窮屈でつまりませんし、第一とてもさびしいのです。男の子がいないと、男の子の弟妹たちが鳥小屋を指で突付くのも困りものです。小鳥は、ほんとうにお外が羨ましくなりました。
木が寒そうに着物を脱ぎ捨てた、秋の終わりのことです。
鳥小屋のかけてある廊下の窓が開いていました。男の子はお出かけなので、小鳥は退屈に首を動かしています。
そこに、町に着いたばかりの、北風さんが通りがかりました。
思わず、小鳥は愚痴を漏らしました。 「あーあ、いいなあ、あんたはどこにでも行けて。鳥小屋なんてつまんねえよ」 北風さんは、驚いて答えます。 「だって、君は鳥だろう? 僕は決められたところにしか行くことは出来ないけれど、君たちの仲間は、縦横無尽にどこにでも飛んでいくじゃないか」 小鳥は目を瞠りました。
この小鳥はお父さんもお母さんも鳥商人の下へ生まれていたので、実のところお外を知らなかったのです。自由に飛べるのは、お家の中だけでした。
つめたい鉄の格子越しに見上げるお空は青く、どこまでも広がっています。そこを好きなように飛んだら、どんなに気持ちの良いことでしょう。 「そうなのか、そんなこと、知らなかった」 「今は寒くなってきているから、空飛ぶ影も減ってしまったけれど、それでも湖には真っ白な美しい鳥がいるし、電線の上で楽しそうにしている子もいるよ。何より世の中はとても綺麗で、楽しいことがたくさんあるんだ」 「へー、いいなあ」 小鳥はため息をつきました。なんと、この格子の向こうの世界には素晴らしい場所があるのでしょう。あまりに羨ましくて、小鳥は大好きな男の子も忘れて、こんな狭いところに自分を閉じ込める人間が忌々しいものに思えてきました。 「オレだって、この籠が開きゃこんなとこ、すぐにでも出て行ってやんのによ」 「じゃあ僕があけてあげようか」
北風は冬の夜空に煌く星や、澄んだ空気の中で目が痛いほどの輝きを放つ太陽が大好きで、とてもいいものだと思っていたので、それが見られないこの小鳥をたいそうかわいそうに思っていました。だから小鳥が驚きながら頷くと、びゅうと家の中に吹き込んで鳥かごを吊るしてある紐から落とし、鍵を壊してしまったのです。
喜んだ小鳥は、矢のようにお外へ踊りだして行きます。 「ありがとな!」 ひゅるひゅると、頼りない動きながらも、遠く青空に混じって小さくなっていく小鳥を見送り、北風もまた街の中を走ることにしました。
あんまりにも世界は広くて、小鳥は楽しくて楽しくて、長い間飛ばなかった翼をぎこちなく使い、どこまでもどこまでも飛んでいました。
ぶつかるものがないのです。風を切り、木々を避け、海の果てまで飛ぼうと思いました。
けれど、何時間か飛び続けたら、疲れてしまいました。それまで、こんなに長く動いたことはなかったのです。
とうとう、小さな町の塀の上で一休みすることにしました。 それを見つけたのは、その町の子供たちです。飼うために育てられた小鳥は、お外の鳥とは違う色をしていたので、すぐにそのすばしこい目に捕まりました。 にやりと、悪戯っ子たちは、笑いあいました。石を取ります。そして小鳥の羽は3点、頭は5点という風に点数を決めて、勢い良く投げつきました。小鳥は驚いて飛び立ちます。けれど、なにしろ数が多すぎたので、避けきれずいくつかの石に当たってしまいました。
小鳥の体は柔らかく軽いので、ほんの小さな石がぶつかっただけでも、大きな傷が出来ました。
ただでさえ飛ぶのが上手でないのに、羽根を傷つけられ、方向も定められずによろよろと小鳥は逃げました。
とても痛くて、何も考えられなくなってきました。お空に逃げたかったので、青を探して飛び回りました。もう、日暮れ時になっています。
いま、自分自身で流している血で染め上げたように真っ赤なお空を、小鳥はお空だとわからないのです。それでもやっと青を見つけて、もう血がはんぶんも残っていないの翼から力を抜きました。安心してその小さな瞼を閉じる前に 「ああ、北風が言ってたヨノナカって、きっとここのことなんだな」
小鳥は飛ぶのに夢中で、太陽も、雲も、陽射しに透ける落ち葉も何も見ていなかったのです。ただ世界は怖いように思えて、そのヨノナカというものを見ることが出来たら、こんなに酷い目に合わなかっただろうと理由もなく思っていたのでした。
空に沈みながら見た世界はたしかに青く美しく、小鳥は北風のいうことに、体が動かなくなるのを感じながら、深く納得します。ただ美しいけれどそこはとても冷たくて、意識がなくなるまで、しきりに男の子の暖かい手が思い出されるのでした。
真っ青な海は、小鳥を飲み込んで、すぐに静かになってしまいました。
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