アリス、アリス!
チシャ猫の誘惑
その日は、あまりにも天気の良い日だったのです。
さらさらと揺れる芝生に腰を降ろして、御門さんはページを捲っていました。その膝は暖かく、頬をつけながら、僕の瞼はだんだんと重くなっていきます。折角久しぶりに会えたのですから、勿体無いとはわかっているのに、縄でくくられ引きずられるように、眠りは迫ってきました。うつらうつらと、瞑ったり開けたりしている僕に、御門さんが笑います。髪を撫でてくれる大きな手が、とても心地よいのです。
あっという間に、僕は夢の中に落ちてしまいました。
目を覚ましたとき、温もりは夕風に盗まれてしまっていました。
身震いを堪えてあたりを見回しても、御門さんはどこにもいません。家の近くのこの小さな丘からは、かなり広い範囲が見下ろせるのですがそれでもあの目立つ金がどこにも見当たらないのです。
僕は困ってしまいました。寝てしまったから、怒って帰ってしまったのでしょうか。
おろおろと丘を駆け下りようとする僕の目の前に猫の頭が、とつぜん、脈絡もなく現れました。
にたりと笑っています。
「てめえが探してるやつは、不思議の国にさらわれちまったよ」
「不思議の国?」
「早く行かねえと心臓に食われちまうぞ」
ま、オレにはどうでもいいけどな。と、猫の頭はにんまりと目をいっそう細めました。ゆったりと姿をあらわたした尻尾が、すらりと反っています。
「どうやって、行けばいいのさ?」
「そんなの決まってらあ、不思議の国に行くには、兎の穴に落ちるって相場が決まってんだよ」
ぼくは御門さんを迎えに行くために、兎の穴に落ちました。それは小さくて、とても通り抜けられるようには思えなかったのに、飛び込んでしまえば壁に触ることも出来ません。お日様がすでに眠りかけだったこともあって、まっくらでした。まっくらというものの、色はないのです。ただ何も見えなくて、「まっくらだな」と思うのです。まっくらがたくさん続きます。どこへ向かっているのか、忘れてしまいそうです。