白の中に探し続ける
紅眼
目を開けて、子津は全てに納得した。
目の前にいた誰かがいなくなってしまったことにも、自分が泣いていることにも。相手が移動したのか、自分が移動したのかも、わからなかったけれど。
声もなく涙がこぼれ続けた。
世界が、悲しくて仕方なかった。
もう、先へ進むのはやめようと思った。手を広げても、何を犠牲にしても、どうにもならないものを見たくなかった。目を開けたくなかった。堅く拳で目をこすり、泣き続けた。
「なッに泣いてんだよ?」
けれどいきなり後ろから肩を叩かれて、子津は息を飲み込んだ。紅眼にまっすぐに覗き込まれて、一歩退く。
「大丈夫ッか?」
しゃがまれ、見上げられてようやく小さく頷いた。
良かッたと笑った顔に安堵する。
けれど、その背の向こうに
「黒……?」
あるはずもない、大きな黒が見えた。鴉のようだ。不吉を予想させる黒羽だった。
見たこともないそれに、口を手で覆ってまた息をのむ。
あッこれか?とその主は驚いたようでもなく、首を捻って自らの羽をつまんだ。
「ちッと、無理しッたらこんなんなッちまッてよッ。まッアウトローにゃッ相応しいけッどな」
ピンと弾かれて羽根が一枚舞った。ひらひらと白の中へ溶け込んでいく。
――儚く溶けていった、涙を思い出した。
「あの……、僕、さっき金色の人に会って……」
上手く、続かない。話を整理するための質問を恐れて、子津は小さく俯きながら言葉を繰返す。
けれど何も問われなかった。先を促されることも無かった。
真紅の瞳はただただ自分を見ていて、また何故か安堵する。
夢の中を歩き続けて、やっと現実に似たものを見た思いだった。
「それで……その人、片翼で……。ずっと、ずっと泣いてるんす」
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
はらはらと言葉が溢れる。零れる。己の意に反して、穴の開いた水瓶のように。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと。
「僕じゃ、止めてあげられないんす」
初めて自分から、子津は赤を見上げた。
「あなたしか」
「オレッ?」
赤い瞳が驚いたように、見開かれて子津は自分の正しさを確信した。
そうだ、この黒だけが、この赤だけが。
「行ってあげてくださいっす、あっち、すごく遠くで」
これから行こうとしていた方向を、子津は指さした。
怪訝そうな表情に負けずに、毅然と腕を上げ続ける。
どうしてこんな意思があふれたのだろう。さっきまでの絶望が、悲しみが、奪われた気力が、まるで嘘のようだった。
「んー、じゃあ、行ッてみッか」
右斜め上を見上げた口が、そういった。ぱあっと子津は顔を輝かせる。
「うれしいっす」
「変なやッつだな、お前」
くしゃくしゃと大きな手に、頭をかき混ぜられて、照れて子津は下を向いて笑った。
ばさばさと、風が巻き起こる。黒の翼が少しずつ動いて、空へ近づく。
「お前、向こう行ッてみッろッ」
もう姿も見えないくらいになってから、天恵のように声が降り注いだ。
向こうとは、どうも子津が背を向けていた方向らしかった。