白の中に探し続ける
鳶色の眼、薄茶の髪
走っていた。走らなければならない気がした。
先ほどの声だろうか。ちくちくと心に何かが刺さるのだ。
急がなければならないのだ。
息を切らして心臓が破裂しそうに喚くのを無視して、子津は走っていた。
それは果たして報われ、蹲る人影がはるか遠く見える。
それを見てうれしくなるたびに速度はぐん、ぐん、と上がっていって、まるで足に羽が生えたようだと思った。
蹲る人の傍で、立ち止まった。
「何をしてるんすか?」
「何って、わかんねえのかよ」
荒い息に、膝に手をつきながら尋ねると馬鹿にしたように、とび色の目が子津を見つめた。
くい、と今まで会った人の誰よりもきれい(美しいではなく)な手がその背にある何かを掴む。
「こうして、引っ張ってんだよ」
子津は驚いて、思わず顔を近づけてまじまじと覗き込んでしまった。何かが引き出され、勢いよく近づいてきたこぶしに強かに顔をぶつけてしまう。
明るい、いやみを感じさせない笑い声が上がった。
「馬ァ鹿」
ぺろり、と赤い舌が垣間見えた。
笑っているもののその顔は脂汗にまみれ、いまだ続く行為を苦行だと証明していた。
掴まれているのは、子津のそれよりも小さな羽根だった。
それは今まで誰も見たことのないような方法で大きくなろうとしている。
「な、何やってんすか?!」
徐々に白い翼がきれいな手に引きずり出されていく。
まるで生まれたての鳥のそれのように、羽の繊維は濡れていてまだ飛ぶためにはずいぶんと時間がかかりそうだった。
驚いた子津は、自分の背の異変にも気づいた。
動かそうとしても猫の不機嫌な尻尾のふり幅にも足らないような往復運動しかしなかった翼が、いつもよりも動くようになっていた。
見ずともわかる。
乱暴な行為にあわせて、まるでそれと一本の強い紐で結ばれているように、どうしても何をしても、どんなに苦しんでも育たなかった子津の翼もどんどん引きずり出された。
それは、知られているらしかった。
呆然とする子津に向かって苦悶の口元は勝ったような笑みを浮かべ、その苦しみが自分のためでもあることに気づく。
いや、自分だけではない。
今まで会った人も、もしかしたらこれから会うかもしれなかった人も、この今は小さな頼りない翼に引きずられているのに違いないとわかった。
けれど、喜ぶにはその行為は悲しくて危なくて痛ましすぎる。
「やめてくださいっす!」
それはもしかしたら、この先誰よりも何よりも高く遠くへ飛べるかもしれない可能性を奪うかもしれなかった。
自分のものではない、この薄茶の髪の持ち主のものだ。
はっきりとわかる、その翼が、彼の力が育たないはずはないのだ。
もし、今が駄目でも、時間をかければそれは誰よりも大きな翼になり、どこまでも遠くへ飛ぶために役立つだろう。
けれどそれがこの無茶な行為で、不意にされるかもしれない。
それは、どれだけ望んだ、あの美しい空を飛ぶ自由と、喜びとと引き換えであろうとも、子津には耐えられそうになかった。
「やめて、やめてくださいっす!いいんすよ、今、がんばんなくてもいいんすよ!」
なみだ目で、子津は力づくで止めにかかった。
しかし、それは振り払われる。
「何がいいんだよ!」
子津が怒鳴られる間も、翼はどんどん、どんどん、引き出されていく。
引きずられるにつれて先に出された部分よりも後の方がなんとなく貧弱になっていくのがまた子津をたまらなく悲しくさせた。
「今じゃなきゃ駄目なんだよ、お前、ほんとにこのままでいいんかよ?!オレは納得しねえぞ、絶対ぇしねえかんな! テメェも、主将も、クソ犬も、たっつんも、シシカバ先輩も、まとめて…」
ずるり、またひときわ大きく翼がひきずりだされた。
純白のそれ。
また自由になった自分の背で、それがいかほどな痛みを伴うのかと、軽く想像がついた。
「オレが甲子園に引きずってってやるからな!」
………………………。