一通りの叫び声の後、ぼろ雑巾のようにグラウンドに打ち捨てられた猿野を子津がしゃがんで覗き込む。 「今度は何っすか……」 「ぺっぺっ、あいつら凪さんの純潔を奪おうとする不届きものじゃー!」 口に入り込んだ砂を脇の排水溝に向かって吐き出しながら、そう起き上がろうとする猿野に手を貸してやった。抱え込んでいたペットボトルが目に付く。 「って、それ鳥居さんの……、飲んでたの、猿野くんすよね?」 「そ、それはだなあ! あの野郎共から庇うために……」 「……それはもういいっすから、座ってくださいっす。どこもかしこも傷だらけっすよ」 医療箱のあるベンチへ戻り、猿野は強引に腰を降ろさせられた。落ち着いた途端不安げに辺りを見回す。 「あ、やべ、オレ凪さんのお手伝い……」 「それなら猿野くんがぼこぼこにされている間に僕が行ってきたっすよ。仕事も終わったし、暗いからマネージャーたちはもう帰っちゃったっす。こっち向いて」 消毒液を含ませた脱脂綿が、顔の擦り傷を拭う。 動かなければいいものを、猿野はそんなことに頓着せずむしろ言葉の途中の別のことが気になって身を乗り出し 「何っ? さてはてめえ凪さんを狙って……!」 思わずそっぽを向いての歯軋りが堪えられない。 「はいはい、もう、わかったから顔だけでもこっち向けてくださいっす……何も顔からダイビングしなくたっていいのに」 「凪さんのペットボトル地面に落とすわけにゃいかんだろ」 知らぬ間の間接キスと、地面に落ちることと、どちらを鳥居が不快に思うのかはこの際脇において。 「じゃあ、せめて片手で……」 「……」 仏頂面に尖る唇から返事はない。 もっともだと思ったということだろう。ため息が漏れる。 そこまでペットボトルを大事に思っていたということに違いない。これで鳥居本人を庇ったということならばなんとなく想像もつくが、怪我を覚悟して抱きかかえたのが、ペットボトルだというのだから。 「次からは是非そうしてくださいっす」 「ま、東洋のブルース・リーと呼ばれるオレさまの顔に傷がついてたら、世界の海が塩辛くなっちまうからな、涙で」 「ブルース・リーは元々東洋の人っすよ! 誰っすかその写真の金髪の人!」 「イチチ、ネズッチュー、痛ぇ力込めんなって」 「あ、ごめんなさいっす」 砂や血に汚れた一枚目の脱脂綿が捨てられ、二枚目のそれに手が伸びる。ふと、近づいてきた人影に二人で顔を上げた。 「やあ」 牛尾がにこやかにベンチを見下ろしている。 「主将」 「あ、もしかして、部室が閉められなくて……?」 困っているのかと、それこそ子津が困っているかのように眉尻を下げて尋ねる。いやいや、ととっくに学生服に姿を変えた牛尾が首を振った。 「そういうことじゃないよ、心配しないで」 「じゃ、何スか?」 「いやねえ……」 ちろり、と牛尾が鳥居のペットボトルに目をやる。 何を思ったか、猿野が隠すようにそれを抱きかかえた。 「ま、まさか、主将まで凪さんのこと……」 「いや、そういうことではないんだ」 早合点で青褪める猿野に、牛尾が苦笑を漏らした。 「虎鉄くんに聞いたんだけど、猿野くんがそれを飲んだんだって?」 「う……」 咎められると思ったのだろう、視線を向けられて猿野が情けない顔をする。 「そうか……。人のものを勝手に飲むことは、勿論良くないことだと思うけど、よりによって猿野くんが、とはね」 「?」 どうも話の風向きがおかしい。事態を把握しようと、座ったまま二人して牛尾の顔を一心に見上げる。 まるで、小鳥が餌を求めているかのような目に息を零して牛尾は笑う。その笑みにも意味があるかと信じているかのように、二人の視線は崩れない。 観念したように首を竦めた。 「実は、それには……所謂る、惚れ薬というものが入っていたんだ」 |
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