ピコーン、チュドーンと、とうとうHPグラフが0になった。画面が暗くなり主人公が悲壮な顔をしてやみのなかに膝をつく。タイトル画面に戻るか、最終セーブデータをロードするか。なんにしろ、30分をかけたダンジョン攻略が水の泡になったのは確かだ。あまりのことにやる気もなくなる。
 コントローラを投げ出し、続き間の台所を覗き込む。
「ネズッチュー、飯まだー?」
 腹減ったーと続けて投げかけると、客にもかかわらず慣れた様子でお玉を持ったまま子津が顔を出す。呆れるように軽く眉尻をあげて
「あとちょっとっすよ。早く食べたいなら手伝ってくださいっす」
「や。じゃんけんで負けたのお前じゃん」
「いまどき無敵ルールのあるじゃんけんがあるなんて思わないっすよ……」
 フレミングの法則を表したような指形に、不満の残る形で負けた子津がため息をつく。後片付けはオレがやっからーと猿野がとりなしても、はいはいと軽くいなされた。
 気の無い対応への不満に唇を尖らせたまま、鳴り続ける短調の音楽に電源ボタンを長押しする。
 漫画を読んで暇を潰そうかと思っても、読む漫画が思いつかない。気分じゃない。
 苦し紛れに鍋の中をお玉で回す背中を見つめる。
 子津の後姿は少し猫背に、くすんだ銀色の中を覗き込んでいた。
 まったくマメなやつだ。沢松だったら、負けたってコンビニ弁当買って来て終わりだ。割りカンだ。いつもそういうつもりなのに、いつも子津は作る。買い物にいったって、行き先はスーパーの生鮮食品売り場なんかだ。惣菜売り場ですらない。
 立ち上がり、台所へ足を向けた。子津の肩越しに鍋の中を覗き込む。
 くつくつと、赤茶色の中にじゃがいもやこんにゃくが煮込まれていた。
「食えんじゃねえの?」
「あともうちょっとっすよ」
 振り向きもせずに、子津が言う。
「もう、邪魔するだけなら向こうで待っててくださいっす」
 猿野は背中に張り付いたまま
「や」
 と、いっそう圧し掛かった。
 深いため息が、鍋の中に流れ出た。流れた先から木べらで混ぜながら
「いくつの子供っすか……」
「男はいくつになっても少年よ」
「少年と子供じゃ意味が違うっす」
 味見させてあげるっすから、と、幼さに呆れている癖に子供扱いして、子津がにんじんを箸で摘む。
 わざわざ向きを変えてまでその持ち手を猿野に向けて差し出したのにも関わらず、表情も変えずに猿野は手を伸ばさず口を開ける。
「……猿野くん」
 恨めしそうな呼びかけをものともせず、箸へ手は伸びない。
 しょうがなく、子津は鯉のように開いたままの口に人参を放り込む。もぐもぐと数度口を動かしたのち、にへら、と幸せそうに猿野が笑った。