置き
まど
はせる
白菊
の花

――雪の中の白菊のように見えないものでも、望むならでたらめにでも摘んでやる
 寒気に固まっている間に休憩が終わってしまった。その話はお開きになり、次の休憩からは兄ちゃんたちも合流したものだからそれっきりだ。
 宿舎に戻っても僕らは部屋が別々だし、あんまり話す機会はない。
 捕まえてまで話すのは大げさだ。だから、御柳くんたちが3人で暮らすという話に興味を持ちながらも、機会がなく結局就寝時間まであと3時間という時間になっていた。
「あれ? 司馬くーん?」
 さんざ兄ちゃんたちと大騒ぎで大浴場をびちゃびちゃにして上がった部屋に、長風呂が苦手で先に戻っていたはずの司馬くんがいなかった。みんなの部屋をひとつずつ探している途中に、自販機の前で犬飼くんと御柳くんと目が合う。
「2人とも〜」
 ちょうど彼らの部屋に行こうとしていたところだったので、進路を変えた。
「お、兎丸」
「……よ」
 御柳くんは自販機の横の壁に寄りかかって、犬飼くんはそれに向かい合って、何か話していたみたいだった。
 犬飼くんの斜め後ろに立って、首を傾げる。
「ねえ、司馬くん見なかった?」
「あ? 司馬ならお前んとこのキャプテンところじゃねえの? さっき一緒にいんの見たぜ」
 と、御柳くんが中指と薬指と小指で器用に缶を掴んだまま、人差し指で廊下の奥を示す。
 盲点。
「なんだ、虎鉄先輩のとこだったんだ」
「携帯で探しゃいいじゃん」
「この宿舎、ドコモ圏外じゃん。ちぇー、なんか2年のみんなの部屋ばっか探しちゃったよ」
「バッカでー」
「うるさいな、もう!」
 勝手なこと言ってる御柳くんのふくらはぎを爪先で蹴る。それでもにやにや笑ってるのが憎らしい。
 だから、言ってやった。
「犬飼くん知ってる? 御柳くんね、お化けついてるんだって」
 犬飼くんが、不思議そうに首を傾げた。
「なんだって?」
「なっ、兎丸、てめえ、何つまんねえこと言ってんだよ!」
 手が乱暴に伸びてくるのを、ひょいと避ける。
「やーい、御柳くんの後ろにお化けがいるー」
 からかったつもりなのに、御柳くんの顔が赤くしたような青くしたような奇妙な色で染まった。よく見れば、ノースリーブからむき出しの二の腕に鳥肌が立っている。
 これはもしかしたら、僕は言い過ぎてしまったかもしれない。御柳くんは本当にお化けを怖がっているかもしれない。
 そう思って、怯んだその瞬間だった。
「とりあえず……」
 犬飼くんが、御柳くんの肩甲骨の辺りを右手でぱたぱた払った。
「んな……っ」
 緊張している背中を、いきなり撫でられた形になった御柳くんがぞっとした顔で飛びのく。
「……取れたんじゃねえか?」
 ごみがついたように手を床に向けてひらひらと振ってみせて、犬飼くんが言った。
 もしかして……お化けを、虫か何かと勘違いしているんじゃないかなあ……。
「ばっか、お前、そんなんで取れるわけねえだろ、幽霊だぞ、ユーレー!」
 犬飼くんが、むっとして言い返す。
「だって、背中についてるって、言ったじゃねえか、今」
「そーゆーのはたとえなんだよ、たとえ! ああもう、信じんらんねえ! 大体、オレの背から取れたとしても、お前の手から取れなかったらどうする気だよ、背中なら野球できても、手にそんなもんついたら困んだろ!?」
 そういう問題かなあ……。
 怒る御柳くんに、たんたんと、当たり前のことを言うみたいに、犬飼くんが言い返した。
「そしたら、辰が、どうにかしてくれる」
 御柳くんが言葉に詰まった。言い負かされたというよりは、次元の違う話をいきなり持ち出されたような。
 そして暫くの沈黙のあと、怒鳴った。
「おっまええ、ほんとあほ! ぼけ! ばーか!」
 ……うん、辰羅川くんから自立しようよ、犬飼くん……。


 そのあと10回はばかを繰返した御柳くんは、最後に「もう知らねえ!」と言い捨てて、踵を返し歩み去ってしまった。
 もしかして、犬飼くんがおっかけてくるの期待してたんじゃないかなあと思うんだけど、犬飼くんはなんとなく眠そうな目で見送ってしまったからその作戦は失敗してしまっている。
「犬飼くんはさあ」
 犬飼くんの考えていることは、僕にもよくわからなった。わからないことに知らない間に苛ついて、訊きたい気持ちがとげとげしてしまう。
「そうやって、いつも、辰羅川くんに頼るつもりなの?」
「……」
 犬飼くんは長い睫をぱちぱちと瞬かせて
「……とりあえず芭唐だけに幽霊つけとくわけにも行かねえし」
「え?」
「辰がここにいて、2人がそうなったら、オレが助ける、し」
 犬飼くんがやったのは、考えていたのは、一方的な依存じゃない。助け合いだった。
 答えに目を丸くして、驚きが去った僕は自分があさましくて、恥ずかしかった。
「それに……とりあえず、幽霊って、死んだやつなんだろ」
「どういうこと?」
「だから……幽霊って、死んだやつ」
「……」
 でもやっぱり、犬飼くんの考えてることってちょっとばっかりよくわからない。