絶えて久しく
なり
ぬれど
――滝の名が水が枯れても響いているように、誰に見えなくても僕はあなたに微笑む
9時が就寝時間の犬飼くんが立ち去ったあとも、どういう意味だろうとその場で首を傾げていたら、すっかり湯冷めしてしまった。くしゃみでそれに気付く。司馬くんを探すのはあとにしよう。虎鉄先輩のところにいるってわかったんだしともかく、上着を取りに自分の部屋へ、今まで向かって来た道を引き返す。
3度目のくしゃみをしたときに通りがかった部屋のドアから、ちょうど沖くんが顔を出した。
「あ、兎丸……」
「沖くん。どこ行くの?」
「監督のとこ……」
むう、と難しく沖くんが唇を噤む。
「新球のこと?」
「たぶん……さっきまで、子津が呼ばれてたみたいだし……」
「そっか。頑張ってね、僕、応援してるから!」
意気込むと、こくん、帽子の端を掴んだ沖くんが頷いてくれる。
「……」
そしてふっと僕に向けられた目が、止まった。沖くんの目は真っ黒で光が少なくて、焼いたたまごの白身に、大きな穴が開いているみたい。
「なあに?」
尋ねながらも、僕はたじろいだ。
「……駄目だ……よ、兎丸」
「え?」
「……幽霊だって……死んだ人なんだから……」
犬飼くんと同じ言葉だ。どきりとして、返事が出来なくなった。
「死んでいても……人、なんだよ……むやみに、怖がったら、いけない……」
悲しげに沖くんの目が伏せられる。
「死んでいても……人は……傷つくんだ……」
「……」
僕はようやく自分のまちがいに気付いた。
なんだか幽霊に触ったら、とりつかれて殺されてしまうものとばかりと思っていたけれど、幽霊っていうのは死んじゃった、でも、人間なんだ。
死んでしまっている以外は僕らと同じ。
たとえば僕が死んでしまって、何も酷いことなんてしないのに誰かに怖がられて嫌われてしまったら、とっても悲しいだろう。
しかもそれでからかわれて、誰かが嫌な思いをしていたら、ほんとうに、消えてしまいたいぐらい悲しくなるに違いない。
「……ごめん。僕、酷いことしちゃったんだ」
俯いてから見た沖くんの目はやわらかい光を帯びていて、間違えていたことがかなしいことは変わらないけれど、すこし、ほっとした。
時計に目をやった沖くんがそっと、ドアの前から離れる。
「……もう、いく……ね……」
「あ、うん……。ありがと、いってらっしゃーい!」
沖くんを見送って、僕はまた来た方に戻る。
くしゃみが止まらないのは気になるけれど、僕は御柳くんの部屋に行かなくちゃいけなかった。謝らなくちゃいけない人が、きっといる。
3度目のくしゃみをしたときに通りがかった部屋のドアから、ちょうど沖くんが顔を出した。
「あ、兎丸……」
「沖くん。どこ行くの?」
「監督のとこ……」
むう、と難しく沖くんが唇を噤む。
「新球のこと?」
「たぶん……さっきまで、子津が呼ばれてたみたいだし……」
「そっか。頑張ってね、僕、応援してるから!」
意気込むと、こくん、帽子の端を掴んだ沖くんが頷いてくれる。
「……」
そしてふっと僕に向けられた目が、止まった。沖くんの目は真っ黒で光が少なくて、焼いたたまごの白身に、大きな穴が開いているみたい。
「なあに?」
尋ねながらも、僕はたじろいだ。
「……駄目だ……よ、兎丸」
「え?」
「……幽霊だって……死んだ人なんだから……」
犬飼くんと同じ言葉だ。どきりとして、返事が出来なくなった。
「死んでいても……人、なんだよ……むやみに、怖がったら、いけない……」
悲しげに沖くんの目が伏せられる。
「死んでいても……人は……傷つくんだ……」
「……」
僕はようやく自分のまちがいに気付いた。
なんだか幽霊に触ったら、とりつかれて殺されてしまうものとばかりと思っていたけれど、幽霊っていうのは死んじゃった、でも、人間なんだ。
死んでしまっている以外は僕らと同じ。
たとえば僕が死んでしまって、何も酷いことなんてしないのに誰かに怖がられて嫌われてしまったら、とっても悲しいだろう。
しかもそれでからかわれて、誰かが嫌な思いをしていたら、ほんとうに、消えてしまいたいぐらい悲しくなるに違いない。
「……ごめん。僕、酷いことしちゃったんだ」
俯いてから見た沖くんの目はやわらかい光を帯びていて、間違えていたことがかなしいことは変わらないけれど、すこし、ほっとした。
時計に目をやった沖くんがそっと、ドアの前から離れる。
「……もう、いく……ね……」
「あ、うん……。ありがと、いってらっしゃーい!」
沖くんを見送って、僕はまた来た方に戻る。
くしゃみが止まらないのは気になるけれど、僕は御柳くんの部屋に行かなくちゃいけなかった。謝らなくちゃいけない人が、きっといる。