玉ぞ
散り
ける
――白露が風に零れるように、わたしのたったひとつの意地でさえも。
「では……」
今度こそ踵を返そうと、その肩が動く。
「待て、辰」
けれどそれは呼び止める声にびくりと震えて、とうとう振り返られなかった。
「……なんです? 人の話を聞いていなかったのですか。用があると言っているでしょう」
「ああ、聞いてなかった」
御柳くんも僕も、辰羅川くんも犬飼くんをびっくりして見ている。
「今日のお前の話、嘘ばっかりだ」
「……嘘?」
辰羅川くんの返事に間が空いた。
「何が嘘なものですか。言いがかりをつけるのはやめてください」
「それも嘘だ。とりあえず、お前、今嘘しか言ってねえ」
「まったく……付き合っていられませんね。失礼いたします」
犬飼くんを無視して、辰羅川くんは立ち去ろうとする。ちらりと横顔が見える。あの辰羅川くんが、犬飼くんを無視して!
「何を、怖がってんだ」
歩き出そうとした足がその場に縫いとめられたように、止まった。
犬飼くんはまだ、自分の目を見ない辰羅川くんを見ている。犬飼くんの言葉に、驚いた御柳くんも、辰羅川くんを見ている。
辰羅川くんだけが、視線を地面に落としている。
「……怖がっている? 何を、いきなり」
それでもそう、言い返した。けれど声から言葉から勢いが消えている。何かが消えている。
「怖がってる。最近、ずっと何か怖がってたろ」
犬飼くんは容赦なく突きつける。掠れた声で辰羅川くんが言い返す。
「そんなことはありませんよ。当てずっぽうで物を言うのはよしてください」
「そんなんじゃねえ」
犬飼くんの声に、迷いは無い。むかし何かで読んだ、天使さまが裁きに使う、怖い怖い雷みたい。
「お前は怖がってる。だって、うちに来たときのトリアエズと、おんなじ目ぇしてた、ずっと」
劇的だった。
「怖いことなんかなんもねえのに、ずっと鳴いてたトリアエズと、おなじ目だ」
ぴしり、固まる。水で濡れていたところを、いきなり冷やされたみたいに、ぱりぱりした薄い膜に覆われて固まる。
「怖がってるんだろう、ずっと、なんかを」
そして、膜と一緒に何か、辰羅川くんを作っていた大きなものが崩れる。姿勢は変わっていないのに、その違いははっきりわかった。
「何が、そんなに怖いんだ?」
「信二……?」
すでに辰羅川くんを見つめる2人の表情に怒りはない。ただそこには戸惑いと疑問だけがある。
タオルを巻いた首筋から伸びる背中だけが、強く、痛々しい沈黙を纏い続けている。
「いったい、独りぼっちで、何をする気なんだ、辰」
その言葉は止めだった。
突き刺さるようだった。
あやうい均衡で、独りぼっちで、立ち続けていた、辰羅川くんへ。
つよく、つよく、辰羅川くんは両手の拳を握り締めた。
「だって……」
たよりなく、目の前の背が揺れる。
「だって、人なんて、独りきりじゃないですか」
今度こそ踵を返そうと、その肩が動く。
「待て、辰」
けれどそれは呼び止める声にびくりと震えて、とうとう振り返られなかった。
「……なんです? 人の話を聞いていなかったのですか。用があると言っているでしょう」
「ああ、聞いてなかった」
御柳くんも僕も、辰羅川くんも犬飼くんをびっくりして見ている。
「今日のお前の話、嘘ばっかりだ」
「……嘘?」
辰羅川くんの返事に間が空いた。
「何が嘘なものですか。言いがかりをつけるのはやめてください」
「それも嘘だ。とりあえず、お前、今嘘しか言ってねえ」
「まったく……付き合っていられませんね。失礼いたします」
犬飼くんを無視して、辰羅川くんは立ち去ろうとする。ちらりと横顔が見える。あの辰羅川くんが、犬飼くんを無視して!
「何を、怖がってんだ」
歩き出そうとした足がその場に縫いとめられたように、止まった。
犬飼くんはまだ、自分の目を見ない辰羅川くんを見ている。犬飼くんの言葉に、驚いた御柳くんも、辰羅川くんを見ている。
辰羅川くんだけが、視線を地面に落としている。
「……怖がっている? 何を、いきなり」
それでもそう、言い返した。けれど声から言葉から勢いが消えている。何かが消えている。
「怖がってる。最近、ずっと何か怖がってたろ」
犬飼くんは容赦なく突きつける。掠れた声で辰羅川くんが言い返す。
「そんなことはありませんよ。当てずっぽうで物を言うのはよしてください」
「そんなんじゃねえ」
犬飼くんの声に、迷いは無い。むかし何かで読んだ、天使さまが裁きに使う、怖い怖い雷みたい。
「お前は怖がってる。だって、うちに来たときのトリアエズと、おんなじ目ぇしてた、ずっと」
劇的だった。
「怖いことなんかなんもねえのに、ずっと鳴いてたトリアエズと、おなじ目だ」
ぴしり、固まる。水で濡れていたところを、いきなり冷やされたみたいに、ぱりぱりした薄い膜に覆われて固まる。
「怖がってるんだろう、ずっと、なんかを」
そして、膜と一緒に何か、辰羅川くんを作っていた大きなものが崩れる。姿勢は変わっていないのに、その違いははっきりわかった。
「何が、そんなに怖いんだ?」
「信二……?」
すでに辰羅川くんを見つめる2人の表情に怒りはない。ただそこには戸惑いと疑問だけがある。
タオルを巻いた首筋から伸びる背中だけが、強く、痛々しい沈黙を纏い続けている。
「いったい、独りぼっちで、何をする気なんだ、辰」
その言葉は止めだった。
突き刺さるようだった。
あやうい均衡で、独りぼっちで、立ち続けていた、辰羅川くんへ。
つよく、つよく、辰羅川くんは両手の拳を握り締めた。
「だって……」
たよりなく、目の前の背が揺れる。
「だって、人なんて、独りきりじゃないですか」