今日を限りの
命
とも
がな
――おそろしい未来に出遭うくらいなら、幸せなそれの可能性すら捨ててしまえる
「だって、人なんて、独りきりじゃないですか」
辰羅川くんは泣きそうに訴えている。
「そうでしょう、どんなに仲が良くたって、1人きりでしょう。いつかは、別れるんですから。絶対に」
「何を、」
御柳くんが遮ろうとして、またそれを辰羅川くんが遮った。
「長く傍にいればいるほど、別れたときは辛いでしょう。だったら、今お別れしておくのがいいじゃないですか。もっと辛くなる必要なんて、ないでしょう?」
「決め付けんなよ」
乱暴に言い返す犬飼くんは、たぶん怒ってる。
「でもそうです。これから未来永劫ずうっと一緒にはいられないんですよ。絶対にいられるって、誰が証明できますか? 誰にも出来ないんです。そしていられない確率の方が絶対に高いのは、計算するまでもありません。ずっと一緒にいられる確率は0に近いんです。結婚した男女でも別れる率は高いというのに、ましてや男同士で、3人も。いつか誰かは絶対欠けるし、きっと、ばらばらにだってなります」
ずうっと一緒にいるためには、無限にあるお別れの可能性を、回避し続けなくちゃならない。
「だったら、今いなくなったって同じじゃないですか。一緒になんて暮らして、もっと離れがたくなる前に」
「なんで、そんな、一緒にいられないって思い込んでるんだよお前! んなのわかんねえじゃんか!」
御柳くんが泣きそうな顔で尋ねる。
「でも……っ」
辰羅川くんの顔が、真っ赤に染まった。
「だって、大神さんはいなくなってしまったじゃないですか!」
喚く声は怒っていた。他でもない、その事実に気付いてくれない2人に向かって。同じものを見ただろう、なのに何故、わかってくれないのか、わかっていないのかと怒っていた。
「甲子園に行くって約束してくださってたのに! とつぜん! 前触れもなしに!」
2人は呆然と聞いている。辰羅川くんが息もつかず続ける。
「どこにもいなくなってしまったじゃないですか!」
駄々をこねる赤ちゃんみたいだった。地面をじれったく足踏みして訴えている。
「人間なんて、あんなふうに、いつか絶対いなくなるでしょう!? そしていなくなったらあなたがたは、また、傷つくんでしょう、また、ぼろぼろになって、あんな、あんな……」
辰羅川くんは口に出すことさえ躊躇うほど、言葉の先を恐れている。憤りをぶちまけるように顔を振る。
「もう嫌なんです、うんざりなんです、そんなもの見るくらいだったら、一生憎まれたほうがどんなにましか……!」
自分を抱きしめるその腕は、あんまりにも弱弱しく、震えていた。
「どんなに……」
膝から崩れ落ちる。僕らは、誰もその様に駆け寄れなかった。
一筋の嗚咽だけが、消えては零れていくなかで、誰も。
辰羅川くんがお別れを怖がり始めたのは、きっと、夏の事故が原因だった。
あのときは辰羅川くんが事故に遭ったっていう報せだけが何より先に僕らの宿舎に来た。
選抜で一緒に来ていた十二支以外の埼玉の人とも一緒に、ひどくそれに焦らされたことは記憶に新しい。
中でも、犬飼くんと、それより御柳くんの狼狽は見るも耐えなくて、それに引きずられ、『本当に辰羅川くんは死んでしまったんじゃないか』。そう、僕らも信じてパニックを起こしかけた頃にやっと病院の所在と、怪我の程度が知らされたのだった。
聞いたところによると、それは、30分程度の差で来た連絡だったらしい。けれど僕らには、とってもそんな風には思えなかった。
第一報を、慌てる子津くんの口から知らされた御柳くんはまるで傷を負った野良猫みたいだった。どのくらいの怪我だとか、病院はどこだとか、どこで怪我したんだとか、もし知っていたら子津くんが隠すはずがないのに、なぜか、知っていてわざと隠してるんだって決め付けて、何度訊いても言わないとわかると僕らを片っ端から捕まえて怒鳴りつけた。知らないって何度も言ってるのに、いっこも聞いてくれなかった。それこそ、誰も彼もが辰羅川くんのところに行くのを邪魔する人に見えるみたいで、誰のどんな止める言葉にも聞く耳持たず、当ても無いのに宿舎を出て行こうとした。
こんなところにいたら、辰羅川くんを助けられないって、喚きながら。
それは結局兄ちゃんに止められたのだけれど、兄ちゃんじゃなくちゃ止められなかっただろう。
犬飼くんは正反対だった。御柳くんを止めようとみんなが右往左往する中で、壁に寄りかかって静かにどこをともなしに見ていた。気付いた司馬くんが話しかけても、沖くんが心配そうに見上げていても、猪里先輩が揺さぶっても、誰にも返事をしなかった。瞳だけが不安げに、ちらちらゆれて、あとは凍ってしまっていた。
やっと訪れた第二報にこぞって駆けつけた病院では、軽傷すぎて病室すら用意されず、ロビーのソファに座っていた辰羅川くんはみんなの剣幕に苦笑した。けれど、無事な辰羅川くんを見た途端力が抜けて、玄関に立ちすくんだまま動けなくなった御柳くんと犬飼くんに目をやると、顔色を変え、痛いはずの足で駆け寄って、2人を抱きしめて「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙目で訴えてた。
まるで辰羅川くんが、間違って2人にひどいひどい怪我させてしまったみたいに。
それは部外者から見れば奇妙に、滑稽に見えていたかもしれない。
けれど僕らには、なんの不自然もなかった。
具合が分からない中で、2人は、辰羅川くんが自分たちをおいて死んでしまったものと、半ば信じて、すくんで怯えていたんだ。それを僕らはずっと見ていた。悲しみも追いつかないほど、2人は死に怯えていた。
なぜかは知らない。又聞きに聞いた、死んじゃった彼らの大事な人が関わってるんだろうとは思うけれど、それ以上は何もわからない。
だけど、辰羅川くんを失ったと思い込んだときの、2人のうろたえを、焦りを、おびえを、間近で見ていた僕にはすとん、と
『そんなあなたがたを見るくらいだったら、一生憎まれたほうがどんなにましか……!』
泣き叫ぶ辰羅川くんの気持ちが、理解できていた。
それほどに、嘆きになることすら許されないあの怯えは、痛々しかった。僕だってあんなに悲しまれたら、切なくて死ぬことも出来ないだろう。大切な人に万が一だって、あんな思いはさせたくない。それでも、人はいつか死ぬ。どんなに望まなくても。それどころか、自分が死ぬなんて欠片も考えていない瞬間にも。
だったら、大事な人を傷つけないために、僕だってなんでもするだろう。
棒のように立ったままでいる僕らの真ん中に、崩れ落ちる辰羅川くんは、『なんでも』した結果だった。
誰もかれも、動けなかった。
辰羅川の言ってることはすごくよくわかった。僕だってきっとそうした。
でも間違ってた。
絶対に、そんなことは間違いだ。そんなことで、仲良しの人たちがお別れしていいはずない。
だけれど、どう間違っているのか、どうすればいいのか、だれも言ってあげられない。
辰羅川くんがやったことに間違ってるって非難するのはとっても簡単だ。でも、だったらどうすればいいのかどうすればよかったのか、誰もそれを教えてあげられない。結局誰もそれを知らない。
細々しい嗚咽は初秋の風の中にうずもれて、ゆっくりと掻き消えていく。僕も御柳くんも犬飼くんも、黙っている。
「……そう、でしょう?」
やがて、辰羅川くんが顔をあげた。眼鏡は手に握り締められている。何が、どのくらい見えているんだろう?
「納得、してくださったでしょう? 私は、間違って、いないでしょう……?」
ふわりと、微笑む。悲しげに。
背筋が凍りついた。
念を押すのは、これが最後通牒だからだ。言わなくちゃいけないんだ、ここで、間違ってるってきちんと言わなくちゃ、辰羅川くんの心は固まってしまう、もう二度と、僕らの話を聞いてくれないだろう。
その瀬戸際の、予告だった。
でも、ぼくらには、なんの言葉も用意出来ていない。
だから凍りついた。やめて、と縋って泣きそうになった。それで瀬戸際が遠のくなら、何度だってやったはずだ。
でもそれじゃあ、なんにもならない。
「もう、いいんですよね?」
辰羅川くんは言葉を重ねている。
「いいんですよね?」
脅迫のようだった。けれど、なにより自分の言葉に怖がってるのは、辰羅川くんだというのもそれでわかった。
ほんとうは、きっと、辰羅川くんだってお別れなんてしたくないんだ。ずっと3人で一緒にいたいんだ。
けれど御柳くんが犬飼くんが傷つくのは一緒にいられない以上に辛くて、それを避けるための方法がなかったんだ。見つけられなかったんだ――これしか。
なんども重なる確認は、脅迫じゃなくてお願いだ。反論を待っている。そうじゃない、お前は間違ってる、他にちゃんと方法があると、誰かに突きつけられるのを待っている。遠くへ行ってしまうことを犬飼くんたちに隠していたのだって、わざとじゃない。職員室で言い躊躇っていたのだって、そうだ。傷つけるのを恐れて、嫌われることに怯えて、そうしなくて済む何かを待って、躊躇っていたんだ。
3人で暮らす未来があることを、疑いきれずに。信じたくて、言葉を待っていたんだ。そして、待っている、今も。
僕らだって同じだ。今、押し寄せる未来と違う、優しくて明るい未来に向かって、必死に手を伸ばしている。違うよって、力強く言いたい。
でも見つからない、言葉が無い。ずっと一緒にいられるよって、証明できない。言い切る言葉を持ってない。
このままじゃ、百個の気持ちを真剣な鎖でつなげたって辰羅川くんには届かない。
みんながみんな願っているのに、輝いたこの先の道が、どんどんどんどん遠のいていく。
やだよ、やだよ、やだよ。どうしてこんなことになるの? 待ってるのに、辰羅川くんはあそこで待ってるのに、どうして僕らはたどり着けないの、
幸せな未来は、まだ掴めるはずなのに!
どうしても、この一歩が遠い。
「……」
沈黙の中で、辰羅川くんが立ち上がった。もう、問いかけは出尽くして、また沈黙が訪れてから、大分経った。時間切れだ。
それでも、誰も、止められない。
ふらりと、揺れて、歩みをはじめようと、足が動く。それを見ている。ゆらゆら揺れて、ダンスの始まりみたい。
ねえ、やだよ、やだ。僕は、みんなに幸せになってほしい。あとすこしで届くはずなのに。待って、お願い、待って。
とうとう、他の方法を見つけられないままに、いっそ百で無理なら千の、千でダメなら万の言葉を繋げて伝えようと手を伸ばそうと、泣き出しそうな声で辰羅川くんを呼びかけたぼくに、
――『誰か』が話しかけた。
お願いされる。とっても、真剣に。あたたかいのが、さわれないのにわかった。同じ願いを持っているって、わかった。
――僕は、お願いされる。
いいよ。
答えた。
辰羅川くんを、犬飼くんを、御柳くんを助けてくれるなら、なんだって貸したげる。いつまでだって。
さんきゅな。
誰かはそう、苦笑した。
すう、とその誰かが、息を吸う。
「――辰坊!」
辰羅川くんは泣きそうに訴えている。
「そうでしょう、どんなに仲が良くたって、1人きりでしょう。いつかは、別れるんですから。絶対に」
「何を、」
御柳くんが遮ろうとして、またそれを辰羅川くんが遮った。
「長く傍にいればいるほど、別れたときは辛いでしょう。だったら、今お別れしておくのがいいじゃないですか。もっと辛くなる必要なんて、ないでしょう?」
「決め付けんなよ」
乱暴に言い返す犬飼くんは、たぶん怒ってる。
「でもそうです。これから未来永劫ずうっと一緒にはいられないんですよ。絶対にいられるって、誰が証明できますか? 誰にも出来ないんです。そしていられない確率の方が絶対に高いのは、計算するまでもありません。ずっと一緒にいられる確率は0に近いんです。結婚した男女でも別れる率は高いというのに、ましてや男同士で、3人も。いつか誰かは絶対欠けるし、きっと、ばらばらにだってなります」
ずうっと一緒にいるためには、無限にあるお別れの可能性を、回避し続けなくちゃならない。
「だったら、今いなくなったって同じじゃないですか。一緒になんて暮らして、もっと離れがたくなる前に」
「なんで、そんな、一緒にいられないって思い込んでるんだよお前! んなのわかんねえじゃんか!」
御柳くんが泣きそうな顔で尋ねる。
「でも……っ」
辰羅川くんの顔が、真っ赤に染まった。
「だって、大神さんはいなくなってしまったじゃないですか!」
喚く声は怒っていた。他でもない、その事実に気付いてくれない2人に向かって。同じものを見ただろう、なのに何故、わかってくれないのか、わかっていないのかと怒っていた。
「甲子園に行くって約束してくださってたのに! とつぜん! 前触れもなしに!」
2人は呆然と聞いている。辰羅川くんが息もつかず続ける。
「どこにもいなくなってしまったじゃないですか!」
駄々をこねる赤ちゃんみたいだった。地面をじれったく足踏みして訴えている。
「人間なんて、あんなふうに、いつか絶対いなくなるでしょう!? そしていなくなったらあなたがたは、また、傷つくんでしょう、また、ぼろぼろになって、あんな、あんな……」
辰羅川くんは口に出すことさえ躊躇うほど、言葉の先を恐れている。憤りをぶちまけるように顔を振る。
「もう嫌なんです、うんざりなんです、そんなもの見るくらいだったら、一生憎まれたほうがどんなにましか……!」
自分を抱きしめるその腕は、あんまりにも弱弱しく、震えていた。
「どんなに……」
膝から崩れ落ちる。僕らは、誰もその様に駆け寄れなかった。
一筋の嗚咽だけが、消えては零れていくなかで、誰も。
辰羅川くんがお別れを怖がり始めたのは、きっと、夏の事故が原因だった。
あのときは辰羅川くんが事故に遭ったっていう報せだけが何より先に僕らの宿舎に来た。
選抜で一緒に来ていた十二支以外の埼玉の人とも一緒に、ひどくそれに焦らされたことは記憶に新しい。
中でも、犬飼くんと、それより御柳くんの狼狽は見るも耐えなくて、それに引きずられ、『本当に辰羅川くんは死んでしまったんじゃないか』。そう、僕らも信じてパニックを起こしかけた頃にやっと病院の所在と、怪我の程度が知らされたのだった。
聞いたところによると、それは、30分程度の差で来た連絡だったらしい。けれど僕らには、とってもそんな風には思えなかった。
第一報を、慌てる子津くんの口から知らされた御柳くんはまるで傷を負った野良猫みたいだった。どのくらいの怪我だとか、病院はどこだとか、どこで怪我したんだとか、もし知っていたら子津くんが隠すはずがないのに、なぜか、知っていてわざと隠してるんだって決め付けて、何度訊いても言わないとわかると僕らを片っ端から捕まえて怒鳴りつけた。知らないって何度も言ってるのに、いっこも聞いてくれなかった。それこそ、誰も彼もが辰羅川くんのところに行くのを邪魔する人に見えるみたいで、誰のどんな止める言葉にも聞く耳持たず、当ても無いのに宿舎を出て行こうとした。
こんなところにいたら、辰羅川くんを助けられないって、喚きながら。
それは結局兄ちゃんに止められたのだけれど、兄ちゃんじゃなくちゃ止められなかっただろう。
犬飼くんは正反対だった。御柳くんを止めようとみんなが右往左往する中で、壁に寄りかかって静かにどこをともなしに見ていた。気付いた司馬くんが話しかけても、沖くんが心配そうに見上げていても、猪里先輩が揺さぶっても、誰にも返事をしなかった。瞳だけが不安げに、ちらちらゆれて、あとは凍ってしまっていた。
やっと訪れた第二報にこぞって駆けつけた病院では、軽傷すぎて病室すら用意されず、ロビーのソファに座っていた辰羅川くんはみんなの剣幕に苦笑した。けれど、無事な辰羅川くんを見た途端力が抜けて、玄関に立ちすくんだまま動けなくなった御柳くんと犬飼くんに目をやると、顔色を変え、痛いはずの足で駆け寄って、2人を抱きしめて「ごめんなさい、ごめんなさい」と涙目で訴えてた。
まるで辰羅川くんが、間違って2人にひどいひどい怪我させてしまったみたいに。
それは部外者から見れば奇妙に、滑稽に見えていたかもしれない。
けれど僕らには、なんの不自然もなかった。
具合が分からない中で、2人は、辰羅川くんが自分たちをおいて死んでしまったものと、半ば信じて、すくんで怯えていたんだ。それを僕らはずっと見ていた。悲しみも追いつかないほど、2人は死に怯えていた。
なぜかは知らない。又聞きに聞いた、死んじゃった彼らの大事な人が関わってるんだろうとは思うけれど、それ以上は何もわからない。
だけど、辰羅川くんを失ったと思い込んだときの、2人のうろたえを、焦りを、おびえを、間近で見ていた僕にはすとん、と
『そんなあなたがたを見るくらいだったら、一生憎まれたほうがどんなにましか……!』
泣き叫ぶ辰羅川くんの気持ちが、理解できていた。
それほどに、嘆きになることすら許されないあの怯えは、痛々しかった。僕だってあんなに悲しまれたら、切なくて死ぬことも出来ないだろう。大切な人に万が一だって、あんな思いはさせたくない。それでも、人はいつか死ぬ。どんなに望まなくても。それどころか、自分が死ぬなんて欠片も考えていない瞬間にも。
だったら、大事な人を傷つけないために、僕だってなんでもするだろう。
棒のように立ったままでいる僕らの真ん中に、崩れ落ちる辰羅川くんは、『なんでも』した結果だった。
誰もかれも、動けなかった。
辰羅川の言ってることはすごくよくわかった。僕だってきっとそうした。
でも間違ってた。
絶対に、そんなことは間違いだ。そんなことで、仲良しの人たちがお別れしていいはずない。
だけれど、どう間違っているのか、どうすればいいのか、だれも言ってあげられない。
辰羅川くんがやったことに間違ってるって非難するのはとっても簡単だ。でも、だったらどうすればいいのかどうすればよかったのか、誰もそれを教えてあげられない。結局誰もそれを知らない。
細々しい嗚咽は初秋の風の中にうずもれて、ゆっくりと掻き消えていく。僕も御柳くんも犬飼くんも、黙っている。
「……そう、でしょう?」
やがて、辰羅川くんが顔をあげた。眼鏡は手に握り締められている。何が、どのくらい見えているんだろう?
「納得、してくださったでしょう? 私は、間違って、いないでしょう……?」
ふわりと、微笑む。悲しげに。
背筋が凍りついた。
念を押すのは、これが最後通牒だからだ。言わなくちゃいけないんだ、ここで、間違ってるってきちんと言わなくちゃ、辰羅川くんの心は固まってしまう、もう二度と、僕らの話を聞いてくれないだろう。
その瀬戸際の、予告だった。
でも、ぼくらには、なんの言葉も用意出来ていない。
だから凍りついた。やめて、と縋って泣きそうになった。それで瀬戸際が遠のくなら、何度だってやったはずだ。
でもそれじゃあ、なんにもならない。
「もう、いいんですよね?」
辰羅川くんは言葉を重ねている。
「いいんですよね?」
脅迫のようだった。けれど、なにより自分の言葉に怖がってるのは、辰羅川くんだというのもそれでわかった。
ほんとうは、きっと、辰羅川くんだってお別れなんてしたくないんだ。ずっと3人で一緒にいたいんだ。
けれど御柳くんが犬飼くんが傷つくのは一緒にいられない以上に辛くて、それを避けるための方法がなかったんだ。見つけられなかったんだ――これしか。
なんども重なる確認は、脅迫じゃなくてお願いだ。反論を待っている。そうじゃない、お前は間違ってる、他にちゃんと方法があると、誰かに突きつけられるのを待っている。遠くへ行ってしまうことを犬飼くんたちに隠していたのだって、わざとじゃない。職員室で言い躊躇っていたのだって、そうだ。傷つけるのを恐れて、嫌われることに怯えて、そうしなくて済む何かを待って、躊躇っていたんだ。
3人で暮らす未来があることを、疑いきれずに。信じたくて、言葉を待っていたんだ。そして、待っている、今も。
僕らだって同じだ。今、押し寄せる未来と違う、優しくて明るい未来に向かって、必死に手を伸ばしている。違うよって、力強く言いたい。
でも見つからない、言葉が無い。ずっと一緒にいられるよって、証明できない。言い切る言葉を持ってない。
このままじゃ、百個の気持ちを真剣な鎖でつなげたって辰羅川くんには届かない。
みんながみんな願っているのに、輝いたこの先の道が、どんどんどんどん遠のいていく。
やだよ、やだよ、やだよ。どうしてこんなことになるの? 待ってるのに、辰羅川くんはあそこで待ってるのに、どうして僕らはたどり着けないの、
幸せな未来は、まだ掴めるはずなのに!
どうしても、この一歩が遠い。
「……」
沈黙の中で、辰羅川くんが立ち上がった。もう、問いかけは出尽くして、また沈黙が訪れてから、大分経った。時間切れだ。
それでも、誰も、止められない。
ふらりと、揺れて、歩みをはじめようと、足が動く。それを見ている。ゆらゆら揺れて、ダンスの始まりみたい。
ねえ、やだよ、やだ。僕は、みんなに幸せになってほしい。あとすこしで届くはずなのに。待って、お願い、待って。
とうとう、他の方法を見つけられないままに、いっそ百で無理なら千の、千でダメなら万の言葉を繋げて伝えようと手を伸ばそうと、泣き出しそうな声で辰羅川くんを呼びかけたぼくに、
――『誰か』が話しかけた。
お願いされる。とっても、真剣に。あたたかいのが、さわれないのにわかった。同じ願いを持っているって、わかった。
――僕は、お願いされる。
いいよ。
答えた。
辰羅川くんを、犬飼くんを、御柳くんを助けてくれるなら、なんだって貸したげる。いつまでだって。
さんきゅな。
誰かはそう、苦笑した。
すう、とその誰かが、息を吸う。
「――辰坊!」