惜し
から
ざりし
――1度気付いてしまえば、君たちとの未来はどうしても手放せない
すう、と誰かが、僕の喉で息を吸う。
「――辰坊!」
僕の言葉じゃない声が、喉から迸る。
「な……」
驚いた辰羅川くんが僕を振り返る。みんな僕を……ううん、誰かを見ている。何時の間にか僕の後ろに来ていた司馬くんも。僕だって、その誰かを見ている。
「ダーメだろ? 野球は1人で出来ねんだって。しかも、辰坊はキャッチャーなんだから、ビッグに周りを見れてなくちゃいけないって事!」
「え、あ……?」
「な、にを」
僕の手が勝手に人差し指を立てる。もう片手は、拳で腰にあてている。軽く首を傾げて、ちっちっち、と指を振り、ウィンクして
「犬飼も、御柳も、仲間は周りにちゃーんといるだろ? 1人じゃないだろ?」
「まさか……そんな――?」
辰羅川くんが目をアスファルトへ逸らして、首を振る。いやいやするというよりは、目を覚まそうとしているような。悪い夢を無理やり見させられている様子にも似ている。けれど、人って、きっととっても嬉しいことととっても悲しいことは同じ反応をしてしまう。
「だから辰坊だけが全部抱え込んで、泣かなくたっていいんだぜ?」
にっこりと、笑う僕の目に、重なる碧眼。
「お前ら3人揃ってれば、叶わねえことなんてねえって、オレが保証してやるって事!」
御柳くんの眦から、つうと透明な糸が伝うのを、見た。
僕を、誰かを見ている辰羅川くんの顔が手のひらで覆われてくしゃりと歪む。
「お、」
ひたりと、涙が、落ちる。
「おおかみさん……? ほんとう、に……?」
ぴょん、と誰かが僕の足で飛ぶ。目一杯背伸びして、辰羅川くんをなでなでした。
「だーいじょーぶってこと! 信じろって」
神様に誓うみたいに、輝いている言葉。
「絶対、お前らは幸せになれる」
僕の顔にそう笑いかけられて、辰羅川くんはうろたえている。
とつぜんのことが続きすぎて、信じることは大変で、疑うことはできなくて、どうしたらいいかわからずに誰かに助けを求めた目が、声も出さずに泣いている御柳くんと、何度も何度も瞬きを繰返していた犬飼くんのそれと合った。
かなしいかなしいとばかり言っていた、瞳の奥の気持ちを映した部分に、やさしい光が灯る。『誰か』がともした光。それはすぐに涙の向こうに滲んで
「犬飼く……御柳く……」
とん、と僕の手に押されて、辰羅川くんの足は一歩ゆらりと動き、二歩目は力尽きたように止まってしまった。まるで、そこに見えない壁があるみたいに。
動けなくて、辰羅川くんが、叫んだ。
「犬飼くん、御柳くん……っ」
今日はじめての、ほんとの声だった。2人を求める、泣き声だった。顔がぐしゃりと歪んで、みるみる涙の零れる目が何かから身を守るように交差する両腕に覆われた。
驚いた2人が駆け寄る。
「嫌だったんです、ほんとうは嫌だったんです、ずっとあなたたちと一緒に、いたくて、でも、見つからなくて、これしか見つからなくて……ごめんなさい、許してください、ほんとうは、ほんとうは……」
喚いて震える肩に背にそれぞれ手をやって「バカ」「1人じゃなんにも出来ねえくせに」安心したから出てくる言葉を口にしながら、しゃがみこんでしまった辰羅川くんと同じようにして視線を合わせて、2人で顔を覗きこんでいる。
夜にはすこしはやい、黒ずんだ青空の下で重なり合う影は、はじめから、1つのものみたいに見えた。
僕の顔が満足げに、しあわせそうに微笑む。
「――言ったとおりだろ?」
そうつぶやいた人が、行ってしまう、とわかった。喉からでなく、呼びかける。
(ねえ、君は、ううん、あなたは……)
訊きたいことがあった。だけど、ぱあん、とそこまででこの意識が割れた。すべて薄れる、泣く辰羅川くんも、言葉に詰まって辰羅川くんの肩を抱きしめた御柳くんも、涙を我慢するみたいに眉間に皺を寄せる犬飼くんも、ぜんぶ。
空っぽになった僕の体は倒れる途中、あたたかい手に抱きとめられた。