公園のあった住宅街を抜けて、国道の歩道を迷惑にも広がって歩きながら、兎丸は携帯が受信にも暗証番号が必要なため、司馬の自宅に携帯を発信した。
「出ねえんじゃねえの?」
 やけに自分の意見に自信のありそうな子津が、そう兎丸の顔を覗きこむ。
「鳴らし続けてればいつかは出るよ」
 辰羅川の顔した御柳との言い争いに意地を張り無茶苦茶を繰返したおかげで人相格好その他普段とはどこから会ったときからもすっかり別人と成り果てたそばかすの顔を、一度言葉を切って見つめてから
「――だって子津くんだもん」
 と至極複雑な顔で兎丸は言った。
「まあ、子津ッチューは出そうだよなー、なんかわかる」
 自分が世界で一番正しいとでも思っていそうな語調だったくせに、子津の口があっさりと意見を覆す。
「で、その――この? 司馬とかの家に行ってどうすんの?」
 いつもはまめまめしく、穏やかに動くはずの辰羅川の親指が、大人しい猿野をぞんざいに指差した。寒さからだろうが前かがみになって、ポケットに両手を突っ込んでいるものだからますます柄が悪い。
「とりあえず誰にも見られないじゃん。これ、キミんとこのキャプとか牛尾先輩に見つかったら説明できる自信あるの? 僕は無理だよ、こんな変な事態」
 とびっきりの悪例を出され、レンズから露出していることの珍しい目が、白黒する。その向こうで、知る人が見れば驚くほど、剣呑な光の和らいだ御柳の目が申し訳なさそうに伏せられた。
 たしかに、辰羅川信二という人格に御柳の振りは至極難しい。生真面目な屑桐に普段から控えめに言っても素行のよろしくない御柳がおかしな対応でもすれば、ふざけているのかと怒鳴られ、下手すればあとにひきそうだ。
 しぶしぶ、『犬飼の世話に疲れて非行に走った辰羅川っぽい何か』が頷いた。
「――あ、出た。もしもし、子津くん?」
 会話の間鳴らし続けていたベルに、漸く応答があったらしい。一方的な言葉は続く。
「慌てなくてヘーキ。大体わかってるから、落ち着いてよ。一応聞いとくけど、司馬くんち今誰もいないよね? ……ん、わかった。いまからみんなでそっち行くから。え? あー……うん、色々あるんだよ、着いたらわかるって。……え、う、うん?」
 ちらりと、兎丸は『見るからにろくなことを考えて居なさそうな辰羅川みたいな何か』と何を盛り上がっているのか、鼻の下が地面につくかと思われるほど伸びた、子津の顔を見やる。
「えとね……、人生色々あるけど、長いんだからさ。気を落とさないでね」
 慌てた喚き声を断ち切って、兎丸は携帯を折りたたむ。ジャンパーのポケットに投げ入れるようにしまった。
 本当にさっきの雰囲気から何がどうなって盛り上がったのか予想のつかない勢いで、公衆風俗に相応しくないことを子津と共に次々と並べ立てる眼鏡のない辰羅川を見ながら、隈取のない御柳が頭痛で死にそうな顔をしている。
「辰羅川くんも子津くんもかわいそうだね、犬飼くん……犬飼くん?」
 唯一まともな精神状態に近いと踏んだ犬飼は、何か呟き続けて彼岸に旅立ったまま帰って来ていないようだった。目も充血しきっている。歩く体勢もなんというか……これで裸足ならばデスノートのLだ。覇気がない。
 この事態に1段落ついたらいくらなんでも自立を薦めてみよう、と兎丸は思った。
 仕方が無いので先頭に立っていた足を緩め、後ろから落ち込んだ足取りでついてくる猿野の姿をした、司馬に並ぶ。
 沈んだ感情をダイレクトに映した目が、不安げに兎丸を見つめた。泣きそうでもある。
 何かに、怯えているようだった。
(司馬くんまで〜〜!)
 はあ、と兎丸はこれみよがしにため息をつく。普段はギャグや周りを引っ掻き回すことに発揮される力強い肩が、びくりと頼りなく震えた。
「もーう! 世話がやけるんだからー!」
 顔に飛びついて両頬をつまみ、伸ばしたり潰したりしながら、目を合わせる。
「たとえばどーしようもない救いようのない変態の顔形でも、司馬くんは司馬くんでしょ? 僕の親友なんだよ! 変なことで落ち込まないでよね、まったく! みんなも!」
 司馬を怒鳴りつけた勢いそのまま一同を振り向きなおした兎丸の背が、伸びたようにみな錯覚した。
「どんなカッコしてようと人間変わりゃしないんだから、あんま凹まないでよね! 変な空元気も痛々しいよ。つまんないことでそんなに盛り上がっちゃってさー。だいたい、まだ戻らないなんて決まったわけじゃないし! ……わかった?!」
 こくこくと、真っ赤なまま、やっと兎丸の手から解放されたそれでも勢いよく猿野が頷き、あまりの勢いに他のみなも頷いた。
 言葉として表層にでないほどの意識下でなんとなく思っていて口に出せなかった、元に戻れないかもしれないという不安とアイデンティティの定義を揺らがされそうになっていた憂鬱を兎丸が口にし、打ち破った。なんともいえぬ爽快感と、内心を見破られた羞恥がしばしその場を支配する。
 しかしそれも長くは続かなかった。反応の大半に満足した兎丸の後ろで、そばかすの顔に赤鬼かと思われるほど、血を上っている。
「てめー! 救いようのない変態って誰のことじゃボケー!」
「お、落ち着いてください猿野くん!」
 暴れだそうとした子津を、御柳が取り押さえる。普段は振り回される制止も、今回は体格差のおかげで殆ど事なきを得た。この騒動による、唯一の効能かもしれない。